白井 智之『死体の汁を啜れ』

牟黒町という小さな港町を舞台にした連作短編集なのですが、人口七万五千人の町で去年の殺人件数は47件で発生の比率としては南アフリカケープタウンと同じくらいって、この設定だけでもう笑うしかないw。

なぜこれほどまでに殺人が起きるのか、ということについては一切触れられないのでこの設定は単に次から次へと発生する殺人の関係者と捜査にあたる警察官が「レギュラー」であることに対する理由付けってだけだと思うけど、そんな理由付けをするだけあって「顔面の皮を剥がれて豚の顔を被せられた死体」とか「手足が切断された死体」とか「逆さ吊りで首を切られて血が抜けきってる死体」とか「ちゃんこ10キロたべてお腹ぱんぱんの死体」とか「腰で山折りにされた死体」とか「屋上で溺死した死体」とか「死体のなかに死体」とか「眼球をくり抜かれて鼓膜を破られて歯を折られて手足をねじ切られたけど生きてる被害者」とか、人生で一度出会うか出会わないか、いやフツーは出会わないような殺人が「町」で次々と起きるんだけど、なにがすごいってそれらぜんぶ綺麗に説明(謎解き)がされてキッチリ納得させられてしまうことなのよね。

そしてもっとすごいのが連作短編集としての構成。
前日譚として推理小説作家が友人に騙され嵌められ借金取りに追われた挙句自殺しようとタクシーで岬に向かおうとするところが描かれて、続く1篇目でその推理小説作家が深夜ラジオオタクのヤクザと出会い、この出会いによって推理小説作家はこの作品における「探偵」ポジションとなるのです。

そこで占い師から推理小説作家のアシスタントに鞍替えする女子高生とか美人悪徳刑事と繋がって、いくつもの殺人を営利目的で解決していくんだけど、各話の最初に殺人を報じる地元新聞の記事があって、そこで毎回「●●に詳しいミステリー作家」がコメントをしてるんだけど、このミステリー作家は探偵ポジションの推理小説作家を嵌めた奴なんですよ。
で、作中でそれ(その記事)については何一つ触れられることはなく、まるで単なるフォーマットのように挿入されているだけなので「そういうものだ」と思ったところに(いやそんなわけないだろうとは思ってたけど)ラストの『生きている死体』で人間関係が大きく動くことになるのです。

そして後日譚。まさかあのときの決め事がこういう形で結実するとは全く予想ができなかったので、私思わず感動してしまいました。「1冊の小説」としての完成度が素晴らしい。