『ミス・サイゴン』@帝国劇場

「命をあげよう」は勿論、「神よ、何故?」も「世界が終わる夜のように」も「サン・アンド・ムーン」も「ブイ・ドイ」も、「アメリカン・ドリーム」も「火がついたサイゴン」もそらで歌えるぐらい馴染みのある曲たちですが、ミス・サイゴンを観るのは今回公演が初めてです。
観たことないのに半分ぐらい歌えちゃうって意味がわからないでしょうが、それだけ名曲揃いなのよ。神よ、何故?とかわたし犬の散歩しながら歌うもん(気は確かです、一応w)。

で、観たことがなくてもあらすじよりももうちょっと肉付けされたレベルで物語の流れは知ってるし、シーンごとの映像も観たことはあるのでそれなりの覚悟はしていたつもりでしたが、やっぱりキツイな・・・・・・・・・というのが初めてのミス・サイゴンの感想です。

ブイ・ドイとかさ、歌詞を知ってるしそれがなにを歌った曲なのかも理解してたけど、舞台のなかで“ああいう演出”として歌われると『名はブイ・ドイ 地獄で生まれたゴミクズ 我々全ての罪の証拠だ』『秘密は隠せない彼らの顔 こんな私でも教えられたのだ 生まれながらに背負う罪はないと』という歌詞が頭ではなく心に刺さるし、ゆえにキムがブイ・ドイである息子のタムの「未来は私が決める」という決心に、決断に、なにも言えなくなってしまう。

このブイ・ドイという曲を歌うのはキムと恋に落ちる米兵・クリスの友人であるジョンという男なんだけど、コイツが半ば無理やりクリスにキムを言い方悪いけどあてがうわけですよ。売春宿を経営しているエンジニアに「俺はコイツに女抱かせたい」と言って金を渡し、キムを買ってやるのです。
そして二人はあっという間に恋に落ち(最初は金だけ渡してどこへでも逃げろと言ってたくせに、結局やることはやるんかーい!とツッコんでしまったw)、サイゴン陥落の混乱下で離ればなれになってしまい、クリスは独りでアメリカに帰国せざるを得なかったという経緯があって、終戦から3年経ちブイ・ドイと蔑まれる「アメリカ兵がベトナムの女性に産ませ置いてきた子供たち」の支援活動の場で“演説”として歌うんだけど、変わり身の早さにビビったわ・・・。
歌詞の中身はヒドイけど曲はめっちゃいい曲で、しかも上手い人にしか歌えない、歌っちゃいけない曲だもんで「好きな曲」としてラベリングしてるけど、実際に物語の流れで歌われると「お前どのツラ下げてその歌うたってんねん・・・」と真顔になった。

クリスもさあ、ゴチャゴチャ言い訳しつつ「思い出を胸にベトナムを離れよう」っつってたくせにキムに「クリスが初めての男」と言われキムが見た地獄を聞かされるとベトナム式の結婚式を挙げて、そこへ乱入してきたキムの婚約者を名乗る男を追い払い、そして「地球の向こうの新しい世界に行こうよ」と言うところまではまあいいとしても、キムを必死で探したしベトナムに残るとも言ったけどどちらも叶わずアメリカに帰国したあと言葉を失ってしまった(PTSDを発症した)こともわかるとしても、エレンというアメリカ女性と結婚しましたってどういうこと!?ってなるよなー。

ていうか、ここの演出が厄介なのよ。演出というか時系列の仕掛けが。
舞台の流れとしてはトゥイの乱入によって結婚式はめちゃめちゃになってしまったけど、一緒にアメリカへ行こうと盛り上がった次の瞬間いよいよサイゴンが陥落するってんで米兵たちは急いで撤退準備をするなかで、クリスは一度部隊に戻り混乱に乗じてキムを妻として連れて行けるよう書類を整え、キムを迎えに行くべく再びサイゴンの街に戻ったものの離ればなれになってしまい、次の場面では収容所と思しき場所で薄汚れた姿のキムが「今信じてる 戻るわ わかるの 愛は変わりはしない」「今信じてる 信じてるからこそ 生きていく 愛は死なない」と歌うのね。
だからキムは置いていかれてしまったんだなと理解するんだけど、『同時』にキャミソール姿の女が上半身裸のクリスと同じベットで「一晩中抱いてるわ」と歌うわけです。
(それがクリスの妻エレンだと情報として知っていても)ハァ!?なによその女!??ってなるじゃないですか。『今』もキムはクリスのことを愛し信じ待っているのになんなのよその女!??ってなるでしょう?。

で、キムの物語としてはこのあとタムを守るためにベトコンから軍幹部に出世したトゥイを射殺し、逃げる最中にエンジニアと再会し、共にアメリカを目指すという激動の展開があるんだけど、クリスの物語としてはベトナムを離れてからの「3年間」は描かれず、いきなり「3年後」に飛んで、ジョンに呼ばれてキムの消息とタムという息子を産んでいることを知らされ「妻になんて言えばいい」とか言ってるわけですよ。

はあああああああああああああああああ!????

なんだこいつクソ野郎じゃねーか。
そりゃベトナムに現地妻がいる(いた)んですよーなんてことを言う男なんざいないのでしょうが、こちとら(観客としては)クリスとの「愛の証」であるタムを守るためにキムがなにをしたのか知ってるわけで、それなのに小綺麗な格好した巻き髪ワンピの「妻」になんて言えばいいんだよーって頭抱えてるクリスに「クソだな」以外思えることなどない。

で、ジョンに「エレンに話せ」「エレンと二人で(キムがいる)バンコクに行け」と言われたクリスはその通りにし、ジョンがクリスを連れてくると言ってんのにエンジニアにホテルのルームナンバーを教えられ「探しに行ってこい」と言われたキムはクリスから贈られた花嫁衣裳に着替えて単身ホテルに向かいエレンと鉢合わせするという修羅場展開になるんだけど、そのまえにトゥイの亡霊に責めさいなまれるキムの回想として『あの日なにがあったのか』がようやく観客の知るところとなるんです。クリスが帰国した日のことを。

クリスはキムを連れていこうとしていたし、キムを置き去りにしたくてしたわけではないことはわかった。
さらにクリスはキムの名前を呼びながら今も苦しみ続けていることもわかった

でもエレン曰く「結婚してたなんて聞いてない」んですって。クリスにとって妻はエレンなんですって。
確かにドリームランドで娼婦たちがキムと自分のために開いてくれた「パーティ」で歌われる歌を「何を言ってるのか言葉が解らない」とは言ってたけど、じゃああのパーティは何のパーティだと思ってたん?って話よね・・・。

そして「あの子と私とどちらを選ぶの?」とエレンに問われたクリスはエレンを選び、キムとタムのことは経済的支援をしよう(それで済ませよう)と夫婦で「結論」を出すんだけど、キムは自分がいなくなればクリスはタムを引き取るしかなくなるだろうと、クリスから貰った銃で自分を撃ち、クリスの腕の中で息絶えるのでした・・・。
という幕切れで、え?クリスまじでクソなんだけど・・・・・・。
別れたくて別れたんじゃない、強引に帰国するヘリに押し込まれながらも最後までキムの姿を探すクリスの胸を引き裂かれるような「キーーーーーーーーーーーーーーーーーム!」という叫びには胸を打たれたし、帰国したクリスが見る「自分の銃でキムが撃たれる」という悪夢が『自分が渡した銃でキムが自殺する』という現実になってしまい再び「キーーーーーーーーーーーーーーム!」と絶叫するクリスには胸が痛むけど、でもやっぱりクソよな。

ていうかキムと二人で会ったあとで「なんでこんなことになるの!」ってキレてたけど、エレンはまじでベトナムくんだりまで連れてこられてなんでこんな目に遭わなくちゃいけないのって話よね。ベトナムから帰国して失語症になった男と結婚することを選んだのはエレン自身だし、その夫がベトナムの女に子供産ませてたと聞かされたうえでバンコクまで来たわけだからある程度の心構えはしてただろうけど、まさかその女が自殺するとは思わないもんな。


と、長々書いたけど一言で言ってしまえば最初に書いた通り「思ってたよりキツい」ミス・サイゴンであった。

見せ場であるヘリコプターシーンは凄かったし、「モーニング・オブ・ドラゴン」の禍々しさはこの作品「ならでは」の空気感で見ごたえがあったし、時間の流れとしては3年とちょっとの物語なので濃縮度が高く体感時間は思いのほか短かったけど、キムの人生があまりにも激しすぎてキムに感情移入すると大変なことになるよねこれね・・・。
今回わたしは屋比久キムと高畑キムをこの順番で観たんですが、それぞれ持ち味が明らかに違うキムで(泣くという分かりやすい反応で言うと、屋比久キム(と海宝クリス)ではラストで泣くし、高畑キムはトゥイを撃つシーンで泣かされた)どちらも良かったものの感情移入させられることはなく(それだけの引力がなかった、ということではなくわたしに初めて見るが故の冷静さがあったからです)、でもこれ「嵌るキム」って絶対いると思うんで、そう考えると2020年の上演予定時は昆キムも大原キムも観られる予定だったのに、今回昆ちゃんはタイミングが合わずに観られないことがとても残念。昆エポでダダ泣きしたわたしたぶん死ぬと思う。

クリスは海宝クリス→小野田クリスの順で観ました。
海宝クリスは娼婦と遊びそうにないクリスに見えたので、キムとの恋はまさに運命だと思ったし、だからエレンと結婚してて裏切られたとすら感じたんだけど、ホテルの部屋にキムが独りで来たというエレンに見せた嘆きっぷりが凄すぎて、それまで抱いていたアメリカで生きると決め結婚するならばなぜその時にキムのことを話さなかったのかと、誠実に見えるからこそそれを言わずに結婚したのはなんでなん?という疑問というか不信感が「ああ・・・言えなかったんだね・・・」という憐憫のような感情に変わり、最終的には支えてくれる存在がいて良かった・・・と、タムを立派に育てるんだぞ・・・と祈る気持ちになりました。

小野田クリスは逆に娼婦遊びもそれなりにやってた感があったし、結婚式の場面でも全然解ってなさそうだったんで(手を洗う手伝いをしてくれてる娼婦に顔拭かれてて笑ったw)、キムが生きててくれたことは心底嬉しいけど自分の息子を産んでたという青天の霹靂にどう対応していいかわからないままラストまでいってしまった・・・という感じで、死んでしまったキムの腕を何度も何度も自分の首に回して抱きつかせるようにする姿が哀れすぎて、この人これから(エレンとの関係含め)大丈夫かな・・・と不安になる。
で、なんとなくだけどクリスってざっくりわけるとこの両者のタイプに分かれるのかなーと。例えば芳雄さんクリスは海宝くんタイプだし、藤岡クリスは小野田クリスだろうなと。


昆ちゃんキムを観ることができなかったこともだけど、東山さんのエンジニアを観られなかったことがほんっとーーーーーーーーーーーに心残りです。
諸々の状況から以前のように回数を観ることができないうえに、東山さんの出演回数少なすぎるのよね。というかレジェンドさんの回数が多すぎる。
次回公演はそこいらへんもうちょっとバランス良くなるといいんだけど。次こそ東山エンジを観るもんね!!。