ミュージカル『ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~』@東京芸術劇場 プレイハウス

誰もがその名と曲を知るベートヴェンの人生をたった5人で描く。
果たしてどんなミュージカルになるのだろうかと、当日券のキャンセル待ちという謎の行列(当日券待ちの行列ならわかるんだけど「当日券のキャンセル」ってなに?当日券を予約してて当日にキャンセルされた場合ってこと?見た感じ5.60人は並んでたけどそんなケースがそれほどあるとは思えないんだけど、あれは抽選なのか?)を横目に客席に座ることができた喜びを嚙み締めつつ、開幕の瞬間を迎えました。

舞台のまんなか、回り盆の上にグランドピアノ(を模したセット)があって、舞台下手には小さなアップライトピアノが置かれていて、出演者として名前はあるものの役名がない小暮真一郎さんが、最後の最後で「役名」が判明する登場人物ではあるんだけどそれ以外はそこに座り劇中でルードヴィヒが弾くピアノの音を出すという役回りであることにまず驚きました(そして判明する役名でまた驚いた)。加えてヴァイオリン1台とチェロ1台と、伴奏はとてもシンプル。

そのなかで主役であるルードヴィヒは「3人」の演者によって舞台上に存在します。
3人とは中村倫也福士誠治、そしてWキャストの子役。
ルードヴィヒが木下晴香ちゃん演じるマリーに宛てて遺した「手紙」を読むという形でその人生を描くという構成です。


中村倫也が「青年ルードヴィヒ」なのはいいとして福士誠治が演じるのは「もう一人のルードヴィヒ」。
この「もう一人」とはどういうことなのかといろいろ予想してたんだけど、晩年のルードヴィヒとして登場するので「もう一人」とはそういうことかと思いきや、いろいろあってベートーヴェンが自分の「息子」としてピアノと作曲の英才教育を施そうとした甥のカールこそが「もう一人」であるという、この仕掛けにまたもやびっくり。なるほどそういう意味の「もう一人」なのね。

福士くんはまずモーツァルトに対抗すべく幼いルードヴィヒを教育する父親から始まり、倫也くんが演じるルードヴィヒからピアノを弾くことを強要される甥のカールに役柄を変えるんだけど、カールの自殺未遂により自分が父親に強いられていたことをカールにしていたのだと、自分もまた父親と同じことを息子にしてしまっていたのだと気づくという哀しい連鎖があって、そしてカールを失った晩年のルートヴィヒをまた福士くんが演じます。
福士くん演じる父親が倫也くん演じるルードヴィヒを思うがままに支配しようとするような、苦しむ息子の背後で両腕を大きく広げて叩きつけるように歌う曲が前半にあって、後半では倫也くん演じる父親ルードヴィヒが福士くん演じる息子のカールに対し同じ構図で激しく歌う曲があるんだけど、この構成が上手い。

そして福士誠治がとにかく巧い。もちろん外見を変えはしてるんだけど、それを取っ払っても役替えのスムーズさ、違う役になって現れた瞬間からスッと「その人」として舞台上に存在するんですよね。

で、つい最近も“こういうやつ”を見たな・・・と考えて、すぐわかった。「COLOR」で大切な人たちを演じた時の成河さんだ!。
で、バイオリンとチェロはいるけど、ピアノ一本で歌う曲もあって、それを福士くんが(倫也くんと)歌うときたら思い出しちゃいますよね・・・スリルミーを(前述の父と息子が激情をぶつけ合う曲とか優しい炎を思い出さずにはいられない)。
隙あらばすぐそうやって“繋がり”をこじつけてしまうのはオタクの悪い癖。

そんな福士くんがどっしりと支え受け止めてくれるからか、倫也くんはとにかく叫ぶ叫ぶ。
青年ルードヴィヒはウィーンに進出し、貴族(これまた演じるのは福士くん)に盛り立てられホールコンサートで喝采を浴びるんだけど、その喝采が聞こえづらいことに気づいたと思ったら、次の瞬間にはもう聴力がどんどんと落ちていくことに怯え苦しむようになるのです。つまり栄光の時間はほんのわずか。
そこからはもう頭を掻きむしり、モノにあたり、神に縋り苦悩し叫び、とある事故で子供の命が失われたことで絶望し、「死」を望み、そして「静寂」を受け入れたことで新たに生まれ変わり、失われた命の“代わり”にカールを育てることになるんだけど、一連の様はとても激しく、まさに狂気で、おまけに耳が聴こえずらいから話し声も基本「大声」なのよ。常に怒鳴ってる感じ。
そんな倫也くんのルードヴィヒを観てるこちらもずっと糸を張りつめていなければならず、それが休憩なしの120分ですからまあキツかった。一息つける瞬間がないんだもん。観てるだけでもそんな状態となると舞台の上はどんだけなんだよと、これで潰れないとか中村倫也の喉どうなってんだよ!?。

でも歌声は優しいんだよね。感情が迸ってても倫也くんの歌声は耳に優しい。
倫也くんも福士くんも所謂“ミュージカル歌唱”ではないけど、耳心地がいい歌声なので最も激しい曲をバチバチに歌い合ってるというのにわたし寝そうになりましたからね。耳が幸せ過ぎて。
木下晴香ちゃんの声も大好きなので『歌声』はストレス皆無。歌詞はまったく残らなかったけど。

この流れでひとつ文句を書くけど、ベートーヴェン(ここはルードヴィヒではなくベートーヴェンと表記したい)が「運命」「田園」そして「歓喜!」と交響曲を書き上げていくところの電飾がそれまでの世界観をぶち壊すほどのクソダサ演出なんだけど、これどんな意味・意図でのものなんだろう。
第9番を書き上げて「歓喜!!」と絶叫するベートーヴェンの頭上から大量の赤い花びらが降ってくるんだけど、その奥ではカールが(ルードヴィヒが何度も自分の頭を撃ち抜こうとしたけどできなかった)ルードヴィヒの拳銃を自分の頭に向けて撃つという演出は、カールの血飛沫を浴びているようでクライマックスに相応しいとても印象に残るシーンなんだけど、このシーンをよりドラマチックに演出するためだとしても、もしくはベートーヴェンの精神状態(フィーバー状態)を表現したのだとしても、もう一度言うけどクソダサすぎてその瞬間現実に引き戻された。この安っぽい電飾ピカピカ演出さえなければ満足度は100%だったんだけどな。