『姉ちゃんの恋人』第6話

真人が抱えているのは「恋人に裏切られた」という心の傷なんだと思ってたんだけど、「襲われてなどいない」とすることで恋人を助けることができるなら、自分の人生が終わっても「助けることができてよかった」と思っただなんて、わたしが思ってたよりももっとずっと真人がいい男すぎて、そりゃ桃子ももっと好きになっちゃいましたってなるよなぁ・・・。

有村ちゃんの受けの演技込みでこの告白シーンの林遣都が見事すぎて、林遣都にこういう表情をさせるためにこれだけの過去を背負わせる必要があるってことは理解するけど、でもね、観覧車の中ではそのことについてはスルーだったけど、真人のしたことが理由で父親が死んでんだよな。前回の感想で“彼女とのこと、事件のことは真人という人間を描くために必要な要素だというのならそこまでは理解するとしても、父親のことまで必要だとは(現時点で)思えない。最初から母子家庭ってんでよくない?”と書いたけど、今回もまるっと同じことを書きたい。

どうやら次回は真人が守った元恋人が現れるようですが、元恋人がどんな言動をするにせよ「偽証のせいで真人の父親が死んだ」という事実は覆らないわけで、そしてその事実は何度も言うけど必要ないのではないか?としか思えないわけで、わたしはそこがどうしても引っかかる。


真人の交際相手が桃子だと知ったおじさんの葛藤に対する「私が決めるから私の決めたことを応援して」という桃子の答え。

真人のことを知ったみゆきの「親だったら反対する。だから私が反対する。幸せになって「ほら言ったとおりでしょ」と私を認めさせろ」という反応。

ここはとても良かったと思うのに、「良かった」だけでいられないことが残念。


あとまあこれは難癖みたいなものだけど、壊れた椅子を母親が拾ってきて真人に直させるってのは、椅子に真人の人生を投影してしまった母親の「もう一度人生を始めることができる」だから「前より幸せな椅子にしてあげて(前より幸せな人生にしなさい)」というエールってことでいいんだけど、捨てられた椅子に座ることで“最後の仕事”をさせてやってる臼井さんの立場なくない?とはちょっと思ったw。