『動物戦隊 ジュウオウジャー』第24話「よみがえる記憶」

たぶん、片っ端から人間の頭触って『面白そうな記憶』の持ち主をセレクトしたのがあの状況だったのだろうと解釈しましたが、母親ぐらいならそんなに珍しい話ではないとしても婚約者に追いかけられたり友達に追いかけられたりしてる人とかいて、みんな身近な人間を亡くしてるんだな・・・と。でもバングレイが記憶読み取ってる場所とおじさんのアトリエがどれほどの距離なのかわからないということはあるし、セラの記憶を読み取り実体化してみせたのを見る限り、バングレイが頭触る→実体化にそんなに時間はかからないように見受けられたから、尻尾が反応してから現場に到着するまでに結構な被害者が出てたってのはあるにしても、それにしたって婚約者とか友達とか、そんな存在を亡くしたひとがそうホイホイ通りかかってるとは思えないわけで、えーっと・・・・・・・・もしかして今回被害に遭ってた人が再会した「亡くなった人たち」の中には少なからず・・・・・・デスガリアンのデスゲームに巻き込まれて、もっと言っちゃうとデスガリアンとジュウオウジャーの戦いに巻き込まれて亡くなった・・・・・・ってなことだったりする?。
当初は残虐で非道な殺戮を行うデスガリアンだったけど(それが例年より際立ってる印象だった)最近はそうでもないというか、開始当初とくらべると大量殺戮感は薄まってるように思えていたけど、実は多くの人間がデスガリアンのせいで大切な人を奪われているってことを暗にというか行間にというか、そう読み取れる余地を持たせた描写なのだとしたら、香村さんの脚本ってやっぱり好き(あと、前回ラストといい今回のラストといい、いじけモードのみっちゃんに対するレオが結構辛辣な口調で接してるのは次回で二人がぶつかり合う話をする前フリだったわけで、小さな積み重ねを欠かさないのも好きなところ。いきなりぶつかるんじゃなくって、みっちゃんってこういう人間ですってことをまず描き、大和たちが共に行動するための云わばみっちゃんの取り扱い方法を理解し、それなりに共に戦う時間を経ての「喧嘩」ってところがいいのよね。ある程度わかったところで、さらに一歩というか、ちゃんと向き合うために「喧嘩」するってところに意味があるんだと思う)。
ってのはソレとして、母親や連れ合いと“再会”して喜んでる人がいる一方で同じ制服を着た同性の友達らしき存在に追いかけられてる子は必死で逃げてたし婚約者に抱きつかれた人は悲鳴あげて腰抜かしてたし、そこにどんな理由、人間ドラマがあるのが非常に気になるところ。
そしてその最たるものが大和の事情、だよね。これまで家族について話そうとしなかった大和が今回(真理夫おじさんのお姉ちゃんである)母親を病気で亡くしていることが明らかになった。でもそれだけじゃないっぽいことに今のところアムだけが気づいてるっぽいと。まぁ普通に考えて、母親のお墓詣りに叔父と甥で行ってもいいけど父親はどうした?って話になるわけで、恐らく大和がもう一度お墓に手を合わせていたときにさっきはなかった花束を供えたのが父親、ということなのでしょうが、そこにどんな物語があるのだろうか。花束にチラっと目をやった大和の様子からして、その花束が父親が持ってきたものであること=父親が来ることをわかってたってことになると思うんだけど。
そしてそしてバングレイの能力を知り、自分の記憶を読み取られたことに気付いたクバルの動揺。これはしっかり覚えておくべきことだよね。
あーあと公園で大和が女性と手を握り合ってるのを目撃して「大人だ・・・」と呟いたみっちゃんですが、大和の彼女だと思ってたその女性が実は亡くなった大和のお母さんであると知りなんて想像をしてしまったんだと自己嫌悪に陥ってたけど、どんな想像をしたんだよこの童貞が!!(笑)。