稲羽 白菟『合邦の密室』

合邦の密室

合邦の密室

物語の発端は文楽の稽古場にあった1冊のノート。そこには母親に毒を飲まされた子供が父親の血塗れの生首が宙に浮きそして笑う母親の姿を目撃する話が書かれており、それはまるで折しも上演中の摂州合邦辻「合邦庵室の段」の玉手御前のようであった。と同時に、書き手と思われた人形遣いの若手が「母のところへ行く」と言葉を残し行方不明となる・・・という始まりで、『文楽』という馴染みのない、特殊な世界を舞台に淡路島に浮かぶ葦船島で起きた四十四年前の謎を解き明かすという本格ミステリです。
馴染みのない、特殊な、と書きましたが、三分の一ぐらいが文楽に纏わる話、薀蓄だったりするので、全く興味がないとその時点で厳しいかなーと言わざるを得ませんが、幸いにして私は興味だけは人一倍あるんでそのあたりもとても楽しく読めました。
四十四年前の事件の真相は文楽とは直接関係のない、どこにでもある愛憎によるものではありましたが、事件の鍵を握る人物に文楽の「役」を投影させることで最後まで「文楽ミステリ」として描き切ったところに感心しきり。それと、ワトソン役なんだとばかり思っていた人物が物語の途中で怪我で退場(島外の病院送り)し、じゃあこっちがワトソンになるのかと思った人物は最後まで「傍観者」の立場であったこと、この変則構成が物語の流れを止めることなく成立してたところも面白かった。