今村 昌弘『屍人荘の殺人』

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

第27回鮎川哲也賞受賞作。
選考委員の北村薫さんが選評で「貫井徳郎氏が『慟哭』をもってしても受賞を逸した第4回に匹敵する激戦でした」と書かれていて、そのうえで帯に「史上稀に見る激戦の選考を圧倒的評価で制した、衝撃の本格ミステリ!!」「予測不可能な奇想と破格の謎解きに選考委員、大絶賛!!」という特盛の煽り文句が並ぶわけですから、これはもう特大の期待をして当然ってなもんですよね。ちらほら目にする感想でも総じて高評価という感触でしたし、新人作家に対する「どんなもんよ?」という上目線を最高レベルに引き上げつつ読みました。
結論から言うと面白かったです。無駄がないわけじゃないけど足りないところは皆無。謎解きは無論物語的にも読みながら引っ掛かるところは伏線だったりちゃんと説明がなされるので読み終わって「あれはなんだったんだ?」と思うところが全くない。舞台となる別荘で起きている殺人事件の“外”で起きていることについて何がしかの結末が描かれるのだと当たり前に思ったし、だからこれだけひろげた風呂敷をどう畳むのだろうかと楽しみに読んでいたので読み終えた瞬間は「え?終わり??」だったけど(辻真先さんが選評で書かれていることと同じであろう)、加納朋子さんが仰ったという『新しい形のクローズドサークル』だと思えば私も納得です。本格ミステリにおける天災と同じ扱いだと思えばそこに意味もなけりゃ結末もないもんね。
著者のかたは特に本格ミステリが好きというわけではないらしく、それは探偵役と思しき人物をいの一番に殺してしまえるところにも表れているのかなと思う。ミステリ愛好会のメンバーが事件に遭遇したくてOBの親の別荘で行われる映研の夏合宿に参加するわけですから“まず誰が殺されるのだろう”という目線で読み始めるわけだけど、この人物がこういう形で舞台から降りると予想できたひとっていないんじゃないかな?。それぐらい私にとってこの展開は驚きだった。ていうかその前に○○○が出てきた時点で衝撃すぎたんだけど(笑)。
メインストーリーと同時に“なにか”が行われていることは描かれてるし、それがバイオテロ方面であろうことも予想できたけど、本格ミステリのド定番な始まりであり設定でありそこまでの展開だったのでそれがいきなり○○○!??って、北村さんの「野球の試合を観に行ったら、いきなり闘牛になるようなもの」ってほんとそれ(笑)。
でも肝心のトリックであり謎ときは伏線も動機を含めた心理面も全てきちんと説明がついてるんですよね。クローズドサークルを作る状況こそトンデモだけどその中で行われていることは至って筋道が通ってて(外部と連絡がつかないことや警察が介入しないことも含め)、そして周りがトンデモ状況であることに、その状況下で行われることにちゃんと理由であり意味があるのです。さらにそのなかで主人公が果たす役割、主人公の立ち位置、ここに別の物語があること、これがまた上手い。
無駄がないわけじゃないと前述したのは探偵役の言動で、主人公が部屋を訪ねると慌てて衣服を整える(そこで隙を見せる)程度でちゅーとか膝枕とかはいらなかったと思う。この人物にも物語があって、だから主人公を「私のワトソン」として欲しいと思ったという話はとてもいいのに「僕のホームズ」の存在を絡めると(絡めないわけにはいかないよね)このノリは不釣り合いだしなんなら不快とすら。
この作品ではクローズドサークルの要因でしかなかったけどこれはこれで面白そうな匂いがするので、もし続きがあるのならいずれぜひ斑目機関について描いて欲しいのですが(○○○オタクの行方が知れないのはいずれそれを描くためのことだと期待を込めて予想!)、このとってつけたような軽いノリだけは今回限りにしてほしいです。