『七月大歌舞伎』夜の部@新橋演舞場

まずは澤瀉屋の皆様に2ヶ月間の襲名披露公演お疲れ様でした!と心からの言葉を送りたいです。猿翁さんを筆頭に、皆様が無事に連日満員の中千秋楽を迎えられてほんとうによかったです。


『将軍江戸を去る』
中車さんのお披露目演目に宗家・成田屋團十郎さんと海老蔵さんがお付き合いくださるという恐らく最初で最後の顔合わせ・・・・・・だよね?。
歌舞伎らしい動きはほとんどなく、ひたすら心の動き、心の在り様を台詞としてぶつけ合う青山青果による新歌舞伎なので、これならば山岡鉄太郎を演じる香川照之改め中車さんもソコソコ演れる・・・んじゃないかなぁと期待していたものの、やっぱりまだまだまだまだだった・・・・・・・・・というよりも、『宗家』に圧倒された・・・感じでした。
冒頭、彰義隊の隊士たちが集まりワイワイ喋っているとちょっと酔った山岡鉄太郎が現れ将軍に会わせろとゴネるのね。で、彰義隊と鉄太郎が揉めてるところへまずは高橋伊勢守である海老蔵がやってくるんだけど、やっぱオーラあるんだよねぇ。海老蔵が登場した瞬間舞台の空気がグッと濃くなったように感じられて、中車登場時のソレと比べるとその差は歴然なのね。海老蔵自体はむしろ相変わらず精彩を欠く印象ってか平凡な出来だなーと思うのに(わたしは菊ちゃんと同じ舞台に立つ海老蔵以外に興味はないんで海老蔵のことをそんなには見てませんが)、それでも歌舞伎という舞台上での差は明らか。六月で潰してしまった喉のまんまひたすら声を張り上げてる中車に対し海老蔵はオメーもっと声張れよ!!と言いたくなるほどの囁きボイスなのに、台詞は海老蔵のほうがはっきりとこちらに届くんだよねぇ。ウムムムム・・・。
そしてその差、格の違いが恐ろしいまでに出たのが江戸幕府最後の将軍徳川慶喜を演じる團十郎さんとの芝居ですよ。中車の山岡鉄太郎がとにかく熱く思いの丈を必死で述べるのを聞きながら細かい表情や手の動きでもって心が動かされていく様を見せる團十郎さんがすごいのなんのって。なんでこういう演出にしたのかわかりませんが、中車はこの陳情中ずっと客席に右半身を見せた状態、つまり完全に團十郎さんに身体を向けた状態で台詞を言ってるわけですよ。ただでさえ喉が潰れてるせいで台詞が聞こえにくいというのに客席に対し横を向いてるもんだから尚更そうだし、決死の形相を作ってるのはわかるけどそれも見えはしないわけですよ。だから山岡鉄太郎の長い科白に説得力がでないのね。その言葉に酔えないの。
だけどそれを團十郎さんが“受けの芝居”でもって補ってくれた。團十郎さんを“見る”ことで慶喜が徐々に心を動かされてるのが解り、そしたら中車の熱演が鉄太郎の熱意とシンクロし、千住大橋で家臣たちや江戸の人々に「上様、おなごりおしゅうございます」と見送られながら江戸を去る慶喜の姿に素直に感動することが出来た。
終わってみると宗家の存在感と、あとまぁ・・・・・・慶喜の部屋に控え鉄太郎の様子を静かに見守り、そしてその言葉を後押しすべく将軍に進言してくれる伊勢守・海老蔵の佇まいがまさに中車・香川さんの歌舞伎界入りの相談に乗っていたという海老蔵のソレと重なるようで、なんかちょっと・・・・・・じーんとしてしまいました。あれ、ちょっと海老蔵イイ奴?的なね(笑)。
そういう意味では宗家・成田屋のトップに澤瀉屋の新入りがまさに体当たりでぶつかるというのもまた意図してのことなのかなーなんて思ったり。


初舞台にあたり当然発声練習はしたのでしょうし一朝一夕で身につくものではないのだろうとは思う上で、それでも今後も歌舞伎の舞台に上がるのであれば中車さんはまず一刻も早く“歌舞伎流の声の出し方”を身につけるべきだろうなと思います。それに、台詞を言う相手は役として舞台上にいる人でありながらも観客であると意識することも。舞台に上がったことがない素人の言うことなので読み流していただければとお断りした上で、六月の演目は基本“対大人数”に対して台詞を言う役だったので特別そう感じはしなかったんだけど、今回の團十郎さん1人に対して台詞を言う場面を見てると意識が完全に團十郎さんに向いてるように感じたのね。市川團十郎相手の芝居だということを差し引いても、観客に向けて台詞を言っていると意識していないように感じました。最初は意識してるのかもだけど、演じているうちに目の前の人しか見えなくなっている・・・感じ。熱演なのはわかるんですよ。ものすっごい熱演してるんだなーってことは見て取れるの。だけどその熱演が客席ではなく團十郎さんに向ってしまっているがために客席置いてけぼりってか、それこそスクリーンを見ているような、テレビを見ているような、そんな感覚に陥ってしまう瞬間が何度もあった。
でも中車さんがこれからどれほど素敵な歌舞伎役者になってくれるのか楽しみです。そう思わせてくれるだけの魅力はやっぱあるよね。


『口上』
先月とは違い、今月は上手から海老蔵團十郎、下手に中車・團子、そして真ん中に猿之助の5人のみ。
團十郎さんはパリ公演の時に自分はとりあえず覚えたカタカナフランス語で口上を述べたものの意味はさっぱり解らなかったのに対し、『フランス語も堪能な』猿之助さんはすらすらとフランス語を話し、アドリブでオペラ座の怪人の話なんかも盛り込んだりしていたと。中車さんは以前から一緒にお芝居をしたいと思っていたが今回のお芝居の稽古で初めて顔を合わせたと。團子さんは娘のぼたんのところへ5歳の時から日本舞踊を習いに来ていて身内のように感じているので、今回の初舞台は我がことのようにドキドキしてると、にこやかに仰ってました。
海老蔵はまず猿翁さんがいかに自分にとって憧れの存在であるかを述べ、四の切や伊達の十役を教わったので(さりげなく宣伝する海老蔵さんさすがッスw)、今回思いがけず共演できてほんとうに嬉しいと。猿之助さんとはパリだけでなくロンドンやアムステルダムもご一緒させてもらったが、ロンドンでライオンキングに誘われて、別段興味はなかったものの予定もないので付き合ったと(クッソ嫌味w)。なにやら聞くところによると猿之助さんはライオンキングをもう二十数回見てるそうで、そんなに見るほど面白いのだろうかと思いながらもそんなに見てるにも関わらず初めて見るかのように楽しんでいる猿之助さんのお顔を横で見てることが楽しかったと(クッソ嫌味w)。それから自分の襲名の時(だったか?)に岡本太郎さんの「芸術は爆発だ」という本を戴いたのだがその後も同じ本を3冊戴きまして・・・(だからクッソ嫌味wwwww)今回なにをお返ししようか悩んでおりますと。
中車さんからは歌舞伎に対する想いを以前から聞いていたので今回このような運びとなり大変嬉しく思うと。で、六月の様子はWSで見たのだが、團子さんが「お爺様より立派な俳優になる」と仰ってるのを聞いて「なんと肝が据わったお子さんなのか!」と驚きましたと。
その團子さんは『お爺様より』の部分が『皆様にいろいろと教えていただき、立派な俳優になる』とややトーンダウンしてたもののw、「よろしくお願い、もうしあげまする〜」のところを歌舞伎の挨拶らしく間と抑揚を立派につけてて、さすがだわー!!。正直舞台役者としての“華”はこの時点で既に父親以上・・・・・・な気がするw。
猿之助さんと中車さんは六月と同様の定型挨拶でした。
六月とはまた違い和やかな口上で楽しかったです。やっぱりちょっと天然入った(笑)團十郎さんの口調には自然と顔がほころんでしまう。


『猿翁十種の内 黒塚』
猿翁さんが大変気に入っている作品だそうですが、それにしたってなぜ襲名公演という晴れの舞台で老女実は鬼女などという役をやるんだ亀ちゃん!!!・・・・・・とは思ったものの、やはり素晴らしかったです。圧巻だった。


熊野那智大社阿闍梨裕慶(團十郎さん)が山伏(門之助さん、右近さん)を連れ修行行脚の途中、日が暮れてしまったために人里離れた野原にたった一軒佇む庵で一夜の宿を乞う。庵には老婆が一人で暮らしていた。寒くなってきたからと粗朶を集めにいくために席を外す老婆は“絶対に寝室を覗いてはならぬ”ときつく言い渡す。そう言われると気になって仕方が無い荷物もちの強力太郎吾(猿弥)が寝室を覗くと、そこには夥しいバラバラ死体があり部屋中血塗れであった。
その頃老婆は自分の話を聞き諭してくれた祐慶の言葉を反芻し、心が軽くなったと喜びながらススキ野原で踊っていた。そこへ必死の形相で逃げてきた太郎吾を見てしまい、部屋を覗かれたことに気付き鬼女の姿になり急ぎ戻る。秘密を知った者たちを食い殺そうとする鬼女と祈り鎮めようとする裕慶たちとの戦いの末、鬼女は力尽き調伏される。


とまぁなかなかに凄まじい物語でして、わたしは今回初めて見たんだけど思ってた以上に激しい作品でした。一言で言うならば『壮絶』。
1人の女が鬼女となり生き続けてるわけだからその時点で恐ろしいわけだけど、まず鬼女の寂寥感がひしひしと伝わってくるわけですよ。そこへ美形(そういう設定だよね?)の高僧が現れ優しく救いの言葉をかけてくれるわけだから、そら舞い上がりまくりのルンルンでススキ野原で踊るってなもんじゃない。もうね、この時の老婆ってば花の子ルンルンに見えたぐらいなんだけどw、でも周りは花畑ではなくススキ野原。そして明りは三日月の光。これがなんとも言えず物悲しいんだよねぇ。
そして襲名公演に相応しく主力メンバー勢揃いのお囃子連中による素晴らしい音・曲で踊る猿之助の見事なことと言ったらもう!!
なんでもこの作品は初代猿翁が武者修行中に出会ったロシアン・バレエにヒントを得て作られたそうでおそらくとても独創的で難しい踊りなのではないかと思うのに、その恵まれた身体能力でもってメリハリがありながらも流れるように踊られる猿之助さんはまさに見事の一言です。まぁ、杖をバッと投げ捨て腰をグッと落すのとか超絶カッコいいんだけどでもこれ老女・・・・・・^^ と思わなくはなかったけどw、だって亀ちゃんカッコいいから仕方ないよね!!。事前にあらすじを確認した時はこれってほんとに舞踏劇なのかしら?と思ったもんですが、なるほど、こういう作品なのかー。
何度も何度も拍手が起こったお囃子連中もすごかったー!。この演奏だけでも充分すぎるほどの価値がある!。途中三味線の方がソロでものすっごい速弾きされてる時に糸が一本切れてしまったようなのですが、別の方がすかさずフォローに入られ、その間に舞台上で冷静に張りなおしたのには双眼鏡ロックオンでハァハァしてしまいました(笑)。
素性バレしてからの鬼女化もすごかった・・・・・・。襲名特番で太郎吾をむんずと捕まえつつ真っ赤なおくちをガバー!!ってする場面を見てしまっていたので悲鳴こそあげませんでしたが、知らずに見てたら「ヒイイッ!」って言っちゃったと思うw。だから襲名でなぜこんな顔をするのよ亀ちゃん・・・(笑)。
ここは鬼女と化した岩手に追われ捕まえられる猿弥さんもよかったわー。澤瀉屋さんは総じて「受け手」の動きが上質ですよね。いい意味で“主役を立てる”ことに徹してらっしゃる。この2ヶ月澤瀉屋の舞台を堪能した中で、実は一番素晴らしいと思ったのはココです。
ススキの草むらにとんぼ返りで引っ込んだかと思ったら鬼女になって出てきたり、花道で美しい上体反らしを見せたかと思ったら顔面からドウッと仏倒れを見せ、一瞬の暗転の後素早く起き上がり着物の長い裾を引きずりながら後ろジャンプ(カエル跳びの逆バージョン)で舞台へと戻ったりとその尋常じゃない動きに圧倒されました。歌舞伎役者ってほんとすごいよねぇ。


『楼門五三桐』
10分間という短い1幕の芝居ですが、口上を除いた夜の部3つの演目の中で最も劇場の空気が『濃かった』のは間違いなくこの10分間でした。
とにかくもう、猿翁さんの出演に尽きる。客席・舞台上劇場中に満ち充ちる「おかえりなさい、猿翁丈!!」の空気たるや、いま思い出しても涙ぐんでしまうほど素敵でした。
舞台上には満開の桜の中、遠くに南禅寺の山門が見える幕が張られ、花道を彌十郎、門之助、右近、猿弥、月之助、弘太郎の順に黒四天がやってきて、「上様も八年ぶりのご出馬!」と師匠・猿翁が八年ぶりに舞台に立つことにかけた台詞を言います。もうこの時点でグッとくるよね。
桜の幕が引かれると浅黄幕があり、それを振り落とすと南禅寺の山門と海老蔵演じる石川五右衛門の姿が。
でも海老蔵は前座です。というかもう観客全員海老蔵のことなんて見てない。「絶景かな、絶景かな〜」とかマジもうどうでもいいから早く!早く!!とひたすら猿翁さんの登場を待つばかり。
そしていよいよその瞬間。山門がせり上がり、ついに猿翁さんが姿を現すともう割れんばかりの大拍手。
眼力パねえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!。
台詞は「石川や 浜の真砂は 尽くるとも」 「世に盗人の 種は尽くまじ」そして「巡礼にご報謝」とそれだけなんだけど、なんかもう・・・猿翁さんが舞台に立ち台詞を言っているというその事実だけで感無量だよね。しかもちゃんと小柄を柄杓で受け取るところもしっかりはっきりわかるように演じられてるなーと思ったら、「さらば、石川五右衛門」という一言なんて明瞭と言って全く問題ないほど!。
その後は上手に侍女として笑也、笑三郎春猿が登場し口上代わりとばかりに一言ずつ述べ、続けて下手に控えた黒四天も同様に一言を。
ああ、なんて素晴らしい瞬間なのだろうか。
そして鳴り止まない拍手に呼ばれてカーテンコール。
自分の足でしっかりと立たれた猿翁さんは海老蔵を呼び込みがっしりと握手。ぺこぺこしまくる海老蔵(笑)。
なにやら海老蔵の耳元でささやき腕のあたりを軽くぽんぽんっと叩いた後、客席に向き直り手を振ってくれたわああああああああああああああああああああ!!!
観客大興奮(笑)。
もちろん猿翁さんを支える黒子は息子・中車ですよ!!。この演出そら初日はどよめくよなー(笑)。


なんかさー、すごいよね。初恋の人を愛し続けるが故に妻子を捨てたどころか一度も会おうとしなかった数十年があって、脂の乗り切った歌舞伎役者としては一番いいときに脳梗塞で倒れ、最愛の人に先立たれ、そして今息子と共に舞台に立ってる、それに対し連日満員の客が涙流して喜び拍手を送ってくれる。・・・ありえなくない!?。ほんとドラマティックすぎてもはや意味がわからない(笑)。
正直ね、しょーーーーーーーじき言うと亀ちゃんに名前を譲られた猿翁さんは当然としても、中車ばかり取り上げられることにイラっとしたことも何度かありましたよ。主役は亀ちゃんでしょう!?って。だってものすごい盛り上がりのカーテンコールにその亀ちゃんいないんだよ?(千秋楽は亀ちゃんも出て投げキッスばらまきまくりだったそうですがw)。なんだかんだで夜の部メインは猿翁を支える中車になっちゃってて、亀ちゃんどんな気持ちなんだろうなーなんて思ったりしてたわけですよ。
でもなんか、実際にこの空間にいたらそんなことはどうでもいいことに思えた・・・・・・というか、これこそが亀ちゃん改め四代目猿之助が率いる澤瀉屋一門なんだ!と思えたというか・・・亀ちゃんはきっとそんなチンケなこと考えてねーよな!!ってところに落ち着きました(笑)。むしろシメシメ大成功ってほくそ笑んでそう(笑)。
そんな亀ちゃん改め猿之助さんが大好きです。


お財布的には結構大変なことになったけどw、とても楽しく、そして幸せな襲名披露公演でした。