『最高の教師 一年後、私は生徒に■された』第9話

あー結局西野たち三人が鵜久森の死に直接関与したってなことになるのか。
自分(たち)のことしか考えてない説明だったけど、だからこそそれが三人から見た「真実」なんだとして、隣で相楽が自分たちがしでかしたことに比べたら子供の悪戯レベルのことについて土下座して謝ってるってのに素知らぬ顔でその場に居続けながらいざ浜岡から自分たちのことがバレるとなると悲劇のヒロインよろしく三人で手を繋いで死のうとする西野たちがどうしようもないのは勿論なんだけど、たまたま距離を置いてたことでこの件とは「無関係」でいられただけなのに「これからも友達だよね」などという金髪女に反吐が出そうと思いつつ(てかこの女1周目では浜岡刺して逮捕されてんのに2周目ではコレって、なにげにこの女が最も2周目の勝ち組じゃねーか)、主人公の2周目ってなんなんだろうな・・・と、徒労感のようなものを覚えてしまった。

鵜久森という生徒の死、それを結果とするならば、変えることはできなかったのみならず、三人の生徒はおそらく卒業することはできないだろう。
それは1周目も含め三人がしたこと、してきたことの報いではあるんだけどさ、鵜久森さんを守るという最重要課題に失敗してる以上、主人公が積極的に関わったことで状況はむしろ悪化してるように思えてしまうもんで。
1周目では告白した直後に鵜久森に死なれたもののその後志望大学に合格した東風谷さんだけど、いくら先生が「それは違う」と否定してくれたとしても鵜久森さんが取り戻そうとした映像が自分との「あの会話」だと「確定」してるとなると東風谷さんのダメージだって1周目よりも大きいだろ。

1周目ではイジメてた自覚はあるだろうから鵜久森が自殺(という単語を頑なに言わせないのはポリシーなのでしょうが、ここまでやると逆効果な気がしなくもないです)したことで多少の後ろめたさはあったとしても罪の意識までは持ってなかったであろうところを、三人のみならずクラス全員に娘が楽しく過ごしていたことを「忘れないでほしい」と「お願い」することで鵜久森母が『呪い』をかけたことは2周目の結果における効果だし、なるほどこのための吉田羊だったんだなと、そこは納得したけど。

それで言うと、西野たちを最初に見つけたクラス内カーストの最下層であろう地味女子たちが西野たちに「一生気にしてなんかいられない。一生恨み続けるほど人間出来てない」と言い放ったけど、1周目の鵜久森はその「一生」を自ら捨てたわけで、この子たちですらこういう考え方ができるのに強いはずの鵜久森はなんで自ら「最悪」を選んだんだろうなと今更ながら疑問に思ってしまう。
まあ地味女子たちが「見つけたのが私達でゴメン」と断りつつカースト最上位の同性相手にしっかり顔を上げてこういうことをはっきり言えるようになったのは2周目の里奈の指導の賜物だってことなのでしょうが。