刀剣乱舞というコンテンツの存在であり人気度を知ってはいますがゲームに触れたことはなく、ながら見程度にアニメと映画の1作目は観ました。
なので「刀剣男子」は歴史上に実在する刀たちが「審神者」によって付喪神(擬人化)となった存在で、「時間遡行軍」による歴史改変を阻むために各時代へと送られ戦うという設定・世界観であることは理解していて、キャラクターは絵を見せられたら「刀剣男子の人」と判断はできるけど名前はわからん(松也さんが演じる「三日月宗近」はさすがにわかる)というのがわたしの刀剣乱舞スペックです。
マハーバーラタもナウシカも事前に原作を読んで臨んだというのに(わたしは基本勤勉なオタクを自称しています)、この作品は特に「予習するならコレ」というものがなくオリジナルストーリーになるとのことだったんでノー予習で観劇日を迎えることに若干の不安はありましたが、劇場に入ると「刀剣乱舞 由来」として説明文がデカデカと書かれた幕が目に入り、それさえ読めばついていけるという親切設計がありがたかった。
ちなみに書かれていた説明文はこちら
―――――――――――――――――――――――
一、原作ハゲーム「刀剣乱舞オンライン」なり
二、刀剣男子とハ、今の世に伝わる刀剣から生み出された付喪神 なり
三、審神者(さにわ)ハ、刀剣男子の主にて歴史を守らん為刀剣男子を過去に送り込みし者なり
四、刀剣男子の敵ハ、歴史を変えようとする者なり
五、時間遡行軍とハ、歴史の改変を企み過去の時代に現れる者なり
―――――――――――――――――――――――
マジでこれだけ解っていれば大丈夫だったんだけど、設定やストーリーが単純というよりもこの程度の情報だけでも「解る」脚本であり演出であったという印象です。
「刀剣乱舞を知らない歌舞伎ファン」に対しても「歌舞伎を知らない刀剣乱舞ファン」に対しても、とても気遣いと計算の行き届いた脚本であり演出で、とにかくこれが素晴らしかった。
開幕前に配席トラブル(というかクレームでしょ、あれ)についてのあれこれは目にしてたんで、それを受けてのものだったのかもしれませんが、開幕前から押彦(中村獅一さん)と武彦(尾上隆松さん)が客席をそぞろ歩き(わたしが視認したのは1.2階だけど3階まで行ってたかも)時々空いてる席に座り周囲の客に話しかけたりしていて、さらに附け打ちの意味や本来歌舞伎にはないカーテンコールが「もしあったら」その時は大向こうとして屋号のみならずキャラ名を言ってもいいですよという説明で場を和ませ(役割的にこんのすけポジションということになるんだろうけど、押彦と武彦という名前はどこからきたのだろう?)、本編中も時間遡行軍が暴れるときはそれこそ3階まで骨の妖?(を操る兵士)が出現したりと劇場全体を使い端席や2.3階席に疎外感を与えない演出はとても良かったし、それにより写真撮影OKのカーテンコールで時間遡行軍の人たちがキャーキャー言われる中花道で技を披露してる(それが許されてる)のは実に素敵な時間だった。
長唄や三味線、浄瑠璃といった音楽を演奏する方々と附け打ちさんもカーテンコールに登場させるのはミュージカル経験がある松也さんならではだろうし(今回琵琶奏者として女性が参加なさってるんだけど、大薩摩よろしく琵琶でゴリゴリのソロ演奏を聞かせててカッコよかったー!)。
松也さんが「ありそうで見たことがない古典歌舞伎」として作ったと仰ってましたが、これまでに観てきた「新作歌舞伎」と比べて歌舞伎ならではの演出(それを「古典」と言っているのだとわたしは解釈してます)が流れのなかで浮かないというか、「ここ歌舞伎的見せ場ですよ!」という言い方は悪いけど「歌舞伎の押し付け」感がほぼなかったのはお見事。
特に刀剣男子がそれぞれ踊りを披露する流れと髭切と膝丸の兄弟に曽我兄弟を投影した演出は数ある新作歌舞伎の中でも指折りの場面と言えるし、この物語の松永弾正は義輝を討つことなど全く考えてないんだけど、でも歴史を守るためにはそれをせざるを得ないんだよね。そのために中村鷹之資くん演じる弾正の息子・久直が自らの命と引き換えに父親に決意を求めることになるんだけど、ここはド直球の歌舞伎ながら作品の1ピースとして綺麗に嵌ってる。
それでいて刀剣男子の働きで「松永弾正によって足利義輝が討たれる」という史実を守るための戦いとして『舞台の高さいっぱいに作られた大階段に大量の刀を刺し敵兵を迎え討つ義輝』ってコレ!この演出はしっかり歌舞伎なんだけどでも新しい&めちゃめちゃカッコよくてテンション爆上がり!。
やっぱ足利義輝といえば刀剣ぶっ刺しだよな!!と求めていたものを100%与えてくれる松也さんまじまじわかりすぎてて最高!。
でも最高オブ最高の瞬間はさらにその先にあった。
史実では足利義輝は松永弾正に討たれるんだけど、この物語のなかで闇落ちした義輝を斬るのはかつて義輝を主としていた刀である三日月宗近の役目だとして右近・義輝と松也・宗近が一騎打ちするのです。
なにが最高って義輝はこの時点で正気に戻ってて、突然自分の前に現れ何度も仕えてくれないかと頼んでも断られ続けた宗近が自分の知る「宗近」であると理解したうえで、その宗近に斬られるべく戦う義輝と義輝を斬る宗近というこの関係性ですよ。
で、なにが素晴らしいってこの一騎打ちが「静か」なのよ。ただただ二人が刀をぶつけ合う音のみというこの演出がべらぼうにカッコよかった。
そしてついに義輝の命が尽きる。その時義輝は持ってた刀を地面に刺し、両手を広げて背後の滝に落ちていくんだけど、そこで残された刀にスポットライトが当たるのよ。これが超絶エモい!!!!!!。
この作品は三条宗近(演じるのは松也さん)が刀を打つところから始まるんですよね。刀鍛冶が刀を打つ音を結構な長尺で聞かせ見せるんだけど、この義輝無双の場面で斬っては捨て斬っては捨てられた多くの刀たちも誰かによって打たれたんだよなと思わされるわけで、物語の真ん中にあるのは「刀剣」なんですよ。その象徴がこの「スポットライトに照らされた刀」だという演出はオタク心を解りすぎてて痺れましたわ。
とまあ非常に満足度は高かったんだけど、刀剣男子に二役やらせることだけはどうなのかなー・・・という思いは正直ある。
鷹之資くんの同田貫正国と松永久直と中村莟玉くんの髭切と紅梅姫はともかく右近くんは義輝に専念させてあげてもよかったのではないかと。
6振りで任務に向かったはずなのに小狐丸と髭切は不在なことが多く、劇中でそこにメタツッコミを入れて笑いの場面にしたのは苦肉の策だろうけど面白かったし、髭切と膝丸の兄弟が別行動することになっちゃってるのも「兄者に名前を忘れられてしょんぼりする膝丸」という刀剣乱舞ファンへのサービスで誤魔化したのは上手かったけど、やっぱり6振り揃って戦う姿をファンは求めてるんじゃないかなとは思うんで。
なのでそこを改良したうえでの再演なんし他劇場での上演(はこのセットの大きさを考えると博多座か御園座ぐらいしか無理そうだけど)をぜひとも希望したい。
グッズやコラボ弁当やスイーツもバカスカ売れてることだし(お弁当予約の列が地下まで伸びてるのとか初めて見たわ・・・)、尾上松也を座頭とする新作歌舞伎は「大成功」と言っていいだろう。
この大成功の背景には松也さんのあらゆる意味での「努力」があることは間違いないだろうからそう簡単に再演を続編をってわけにはいかないとしても、これからの歌舞伎界全体のことを考えるとこれだけ評判のいい作品を一度の公演で終わらせるようじゃ未来はないもの。