『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』最終話

なんかもう、なにがわからないんだかわからないほどなにもかもがわからない・・・。

ようやっと戻ってくることができたというのに、スペースデブリと衝突して軌道が変わった隕石が地球に衝突してスカイツリーの高さまで砂に埋まるという5号車乗客の話を信じてもらえずネット民の玩具にされついに白浜の心も折れました、という前回から、米澤が公開した動画がキッカケで世間の風向きが変わり、と同時に国は乗客の話が「真実」であると結論を出し対策として隕石を破壊すべくロケットの打ち上げを決めその中心には蓮見教授がいますよってところまでは理解できるんだけど、スイスのシェルターに日本人を入れてもらえるってどういうことよ。砂漠化するのは日本だけ、少なくともスイスは大丈夫ってことなの?。

官房長官だかが記者会見してたから隕石の情報は国民に知らされてるんだろうに、かたやサロンを閉めて避難しますっつってる萱島兄弟がいるのに白浜の炎上を招いたユーチューバーがまだ萱島に突撃してくるどころか花束持参の萱島ファン女がいて、こいつらは「信じてない」から通常通りってことなのか?。
だって状況としてはそれこそ日本沈没と同じなわけだよね?。まあ日本沈没は「確実にそうなる」レベルだったのに対しこちらは回避する(できるかもしれない)ための手段があるわけで、パニックを誘発しないためにも“その可能性がある”ぐらいのニュアンスで通知されてるのかもしれないけど、それにしたってネイル女じゃないけど「呑気?!」としか。

そんでまた日本沈没を持ち出すけど確かあちらは家族でか個人でか申告させたうえで避難先は抽選という描写だったけど、こちらは「5号車の乗客みんな一緒にシェルターに行きましょう」ってマジでなんなのこの描写。家族で避難するって言ってるのが寺崎だけで、それ以外はみんな家族ではなく5号車の乗客と一緒に避難しますってどうかんがえてもおかしいだろ。
いやおかしいってより気持ちが悪い。
小春が出産したときいて連絡を取り合いみんなで病院に集まりましたぐらいならそりゃあんな経験を共にしたわけだから“特別な絆”があるのだろうとなるけど、自分たちが目にした“あの世界”にいよいよなってしまうかもしれないとなった時に戻ってきたときに迎えに来てくれた家族や友人ではなく未来にいった乗客たちと共に逃げようと思うのだとしたら、それも空港集合ではなくみんなで同じ電車に乗って行きましょうだとか、それこそ週刊誌の見出しにあった「新興宗教」ですかよと。

ていうか小春は自分の子供を畑野に預けてなにしに行ったのよ。実家だかに荷物を取りに戻ったとか言ってたように聞こえたけど、連絡が取れなくなったってのはなんだったのよ。なにかあったのかと思ったら普通に電車に乗ってるし。
なんでこんな意味わからん描写になってるのかっつったら畑野が赤ちゃんを抱えてホームを急ぐ1話冒頭のシーンと繋げるためなんだろうけど、そのシーンが『他人の乳児を預かってるというのに「待ってる」と言った場所から男に会うべく勝手に移動する』という無責任行動によるものだとかさあ。さすが頭ぽやぽや女と言われるだけありますね!ってか。

で、結局隕石衝突を回避できたのか否かは視聴者の想像にお任せしますエンドなわけ?。
米澤の手紙と“あの状態のブルゾン”が未来の田中の手元に届いてる時点で考えても無駄だよな。だってSFじゃなくてもはやファンタジーだもん(それで言うと手紙だけじゃなくもっと未来で役立ちそうなもの(塩は取れるようになったから賞味期限のないお砂糖とか)やそれこそミーポ(娘)に関するなにかも一緒に届けてやりなよとは思ったけど)。
なのでまあ回避できたにせよできなかったにせよ「その瞬間」萱島と白浜は一緒にいました、ってことでいいや。