確か原作でも新人の属性・背景を踏まえたうえでちょうどいい教材となる事件が用意されてますねと思った記憶がありますが、「いじめを理由にフリースクールに通った」という瓜原の“ため”の事件とはいえ、前回も今回も辛い目に遭った(遭っている)片親の子供の前で「殺人を暴かれて親が逮捕される」という展開はキツイよなぁ・・・。
しかも今回の子供は担任が変わったことで学校に行くことができたのに、できたと思ったらクラスメイト(どころかたぶん全校生徒)の眼前で「母親が逮捕」されてしまったわけで、今後のいじめられレベルとしては担任が生きてたときの比ではないだろうとしか思えず、前回も今回も親が殺人を犯した理由は「子供のため」であることとあわせて気が重くなる・・・。
そりゃ子供のためなら殺意を抱く親もいるだろうけど殺人犯の子供としての人生がどれほど悲惨なものになるかちょっとは考えような?ってな・・・。
でも“そんな事件の解決”を経て新人刑事が風間の指導で刑事として羽化するというドラマのフォーマットが1.2話で視聴者の理解とともに固まって、さあここからというところでガッキーが登場し、生徒である新人刑事によって犯人のタイプを含めて扱う事件の質も変わると、この流れはさすがに考えられてるな。
問題は事件の質だけど、そこはまあトンチキトリックの実写化として楽しむのが正解かとw。