『ブラッシュアップライフ』第6話

ふくちゃんが俳優として花開く展開になるんだとなぜだか思い込んでいたので、自称・俳優もやってますレベル(で営業目的で麻美に連絡してきた)かつ「本業」である歌がアレってんでなんていうか・・・なんかもう・・・・・・なんかごめんな?という気持ちに。

そしてバカリズムはこれどんな視聴者層を想定して書いてんだろうな?と今更ながら思ったり。
バカリズム脚本・安藤サクラ主演」って時点でバカリズム好きかドラマ好きとか映画好きしか見ないと思うのよ。共演者も含めどう考えても「一見さん」が見るわけがない。だって見る理由がないもん。
そういう視聴者層に対して延々と「クレジット」について語る(説明する)というあの時間になんの意味があったのかってことがわからなすぎるからなんだけど。
バカリズム好きはどうか知らんけどドラマ好き映画好きならクレジットは見るじゃん。「名前の並び」や「特別出演・友情出演という表記」の意味を解ってる上でなんなら注視するじゃん。
なっちとみーぽんとか妹あたりに説明するってんならまだしもそこをわざわざ仮にもドラマ制作に関わってるごんちゃん相手としてまでクレジット順について長々語らせる(そのシーンを入れた)理由がわたしにはわからず、これ「誰向けのシーン」なの?と疑問に思った次第。

そんな感じで3周目はイマイチでしたが、ミタコングの痴漢冤罪を防いだり玲奈ちゃんの不倫を阻止しつつ、テレビ局に入ってドラマを作れば多くの人たちを愉しませることができる=多くの徳が積めると思ってドラマ制作現場で働きついに自分の経験を下敷きにしたドラマをプロデューサーとして企画し初回放送まで漕ぎつけたものの放送を前に轢かれて死んだ結果サバからムラサキウニって、むしろ生まれ変わり候補がレベルダウンしてないか・・・・・・?

と思ったところで4周目にしてようやく「これまで通りではダメだ」と気づいたようで、生き方を変えたことによってなっちとみーぽんという、これまで麻美の人生を共に歩んできた親友たちを失うことになってしまった(それを麻美自身が選んだ)6話のラストは切なかったし(東京の麻美の家に「さすがに来すぎじゃない?」という楽しさと若干の本音が入り交じるやりとりのあとでの接待シールってのがまた寂しさを誘うよね・・・)、ここからようやく「違う人生」を生きる麻美の物語になるのだと思うととてもワクワクするわけで、この「ワクワク」のための3周目だったんだなと6話を見終えてようやく理解ができました。
(人間からオオアリクイに生まれ変わるはずだった麻美が少なくとも「4回」はやり直しが効くとなると、人間から人間に生まれ変われる人は(そういう人はやり直すことを選ばないとしても)何回ぐらいやり直しが効くのだろうかとか、1回しかやり直しができない人はどんなものに生まれ変わると言われてしまうのだろうかとか気になるわー。あとウニとして生まれ変わることを受け入れて、ウニとして徳を積めるだけ積んで(どうやって積むのかは考えないとしてw)次の人生に賭けたとして、ウニとして死んだわけだからウニとして受付のバカリズムと交渉することになるのだろうかも気になるw)。