『PICU 小児集中治療室』第9話

うーん・・・・・・「あんな状態」の圭吾くんを見てしまって精神状態が普通ではなくなってるにせよ、あの流れで小学生が単身函館から丘珠まで出向いて医者に恨み言を言うっていうのはさすがに現実味がないかなーと。
祖父母が札幌に住んでて土地勘はあって以前お見舞いに来たこともあるからしっかりした小学生なら行ける距離・動線なんだろうし、恨み言をぶつける相手が「しこちゃん先生」しかいないってのもわかるんだけどさ、母親の死で心が死にかけてる武四郎に「トドメ」を刺すための描写だからさあ、なんかちょっと・・・なんだかなーという気持ちになる。
このドラマの要素の最たるものとして「広大な北海道における輸送環境・移動距離問題」があるわけだし、そもそもわたし母親の病気設定は不要だろう派だもん。

でも母親と息子の「最後の時間」は見応えがありました。
なぜ治療を受けることに消極的どころか拒絶するのか、疑問どころか腹立ちのような感情があったりしたんだけど、

「あんなにやさしかったのに人が変わってしまった夫」と同じ姿を武四郎に見せたくない
「そんな夫になにもできなかった」という自分と同じ思いを武四郎にさせたくない
だから「自分の死は自分で決めたい」

納得しました。
武四郎の気持ちは別として、『かーちゃんの気持ち』としては納得できすぎてこれ以上言えることなどない。

でも武四郎の気持ちは違うんだろうね。
喘息で運ばれてきた少女を諭した「迷惑をかけられることよりも知らないところで苦しんでいるほうが悲しい」「もっと早く気づいてあげられたらと後悔する」「パパのことが好きなら、なおさらちゃんと言ってあげて」これは母に対して武四郎が言いたかったことなのだろう。

でも乗り越えて欲しい。いや乗り越えなければならないんだよなと思ったのに優里ちゃん・・・・・・。
母の病状に対して東京の先生に食い下がった武四郎だから、優里ちゃんの気持ちが痛いほどわかってしまうだろうし、「医者」としての感情と「残される者」としての感情の板挟みとか、ただでさえ繊細メンタルの武四郎なのに心壊れちゃうだろう

と思ったら、そうか、武四郎ここで退職届出しちゃうかー。
家族を失うという経験をしたことでより患者とその家族に寄り添う医者になれるのではないかと、しこちゃん先生ならばなれるだろうと思う反面その「医者としての柱」が折れてしまっているのが今の武四郎だろうからこれを立ち直らせるのは容易ではないと思うけど、どうすんだろうな。