『封刃師』第5話

起承転結でいう「転」の回でしたが、いやあ・・・大きく動いたな!。
まずはなんといっても“駆を人としても封刃師としても育ててくれた師匠・悟堂真”の登場ですよね。悟堂真を演じるのは坂口拓!。
早乙女太一の師匠が坂口拓。これほどの納得を伴うキャスティングはまずない。太一の師匠を拓ちゃん以外の誰が演れるよってな話。

これまで何度も見せられてきた「駆少年目線の過去回想」、それは穢刃となった父親が母親を殺し、続けて駆も殺されそうになる瞬間のもので、踏み込んできた肇さんとその相棒によって駆は救われたが、その相棒の封刃師が「真さん」だった。

「昔の人間は邪気を察知することができた。現代でも時々その力を持ったものが生まれる。俺やあんたのように」と駆が三條に語っていたけど、邪気を察知する=黒い灰が見えるということならば、「その力を持ったものが生まれる」という言い方からして生まれつきの能力なのだろうと思うのですが、父親が穢刃になってしまったのは駆が「見えるもの」であったから、見えるものである駆が「引き寄せてしまった」から、なのだろうか。
だから駆には『封刃師になるしか道がなかった』のだろうか。

(だとしたら三條が今まで黒い灰を見ることがなかったのはなぜなんだろう。今の穢刃出現頻度は異常な状態にあるわけで、本来はそうそう生まれるものではないため三條の近辺に現れることがなかったからなのか、それとも三條が「突然」見えるようになったことにも理由があるのか。であればそれは後述する「三條の血」に関係しているのだろうか)

いずれにしても、駆は命を救ってくれた悟堂真によって封刃師となるべく育てられた。
五百津堂の地下でまだ小さな少年の頃からずっと真さんと鍛錬を続けきた駆が真さんの刃を『初めて鞘に納めることができた』瞬間が、過去回想のあの笑顔なのだろう。

ということは、あの頃までは真さんはまだ「封刃師」であったと判断していいだろう。
その後、相棒である五百津肇に「俺がまだ人でいるうちに、穢刃になる前に斬れ」と言うことになるまで、どれぐらいの時間があったのだろうか。
というのも、駆は「真さんは親父さんに斬られた」ことを知っているのだろうかと、今回初めてその疑問が浮かんだんだよね。

翔の「役目」は「その時が来たら駆を斬ること」。それは2話で語られた。
初回から駆は「俺の腕がー!」と苦しむ様子を見せていて、それは封刃師として穢れを受けとめ続けることによる副反応的なものだと思っていたのですが、それは『人崩れの印』なるもので、「解毒」でとりあえずの対処ができるものではあるらしい。

で、駆を助けた時も、地下での鍛錬の時も、真さんは「左手」をあまり使わないようにしてないか?と感じたのですが、それは真さんの左手にも今の駆と同じように人崩れの印が出ていたからなのではないか?。

であれば、「人崩れの印」とは駆少年が駆青年になるぐらいの年月は御札の解毒でなんとか抑えられる程度のものなのではないかと、翔が驚くほど人崩れの印が大きくなってしまったのは穢刃の出現頻度が高いから、通常では考えられないほど高すぎるから(それゆえに短期間で大量の穢れを受けとめることになったから)であって、その原因を断つことができれば駆の身体は回復するのではないか、つまり『翔が駆を斬る』という展開を避けることができるのではないかと考えたわけです。

でもね、そしたらね、公式の6話あらすじに『封刃師は穢刃を封刃するたびその身に穢れを溜め込み、一定の数を超えると穢れに支配され、外道と成り果てる。その時、封刃師は相棒に斬り殺される宿命にあったのだった』とありまして、オイちょっと待てと、封刃師が相棒に斬り殺されるのは「既定路線」なのかよと。「一定数を超える」と支配されてしまうのは避けられないことなのかよと。

てことは、え?「翔の役目は駆を斬ること」ってのは翔と駆の間にだけにある特別な関係性ってなことなんかじゃなくって、あたりまえに封刃システムに組み込まれていることなんですか・・・?。

そういうことなら外道と成り果てた(実際には成り果てる寸前に)真さんが親父さんに斬り殺されたことを駆は知ってる・・・よね、多分。
そして知った上で翔を相棒として封刃師をやっていると、そういうことになるよね。それが「俺の役目だから」と言いながら。

はーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ中島かずきマジで鬼。早乙女太一のためにすごい設定を用意してくれたもんだよまったくよー。

「五百津家」が封刃師の『本家』だというのはつまりそういうことなんだね。
封刃を実行するものはいずれ斬り殺される運命にある。五百津家は代々封刃師の相棒として「始末」をする役目を担ってきたということか。

で、神代弓美の強い想いによって駆たちの知るところとなった「黒いフードの男」の存在。
これまでその存在を五百津肇ですら知らなかったのは弓美のようにそれを伝える・教えることができる強靭な精神力を持つ者がいなかったからだろうと考えていたけど、穢刃とは本来『人の心の闇に穢れが取り入ることにより出現』するものであり、初回から見せられ続けている「黒いフードの男にぶっすり刺されて死んで目覚めたら手に柄を持っていて穢刃になりました」ってなプロセス、人為的に穢刃を作り出すことができるなんてことはこれまでになかったのか。だから巳前も知らなかったと。

駆に封刃される瞬間弓美がなにかを言っていて、それはなんだったのかと思っていたら今回「ありがと」という感謝の言葉であったとわかったけど、そうやって意識というか自我を残せるなんてことは「穢れに犯された頭でそれは普通ではありえない」ことらしい。
弓美が三條に「黒いフードの男」についての情報を伝えることができたほど「正気」を保てたのは、『人為的に作られた穢刃』だったから、なのかな。純粋な穢刃ではない、云わばバッタものの穢刃だからなのだと。

・・・だとしたら、弓美の警察官としての誇り、人々を守りたいと願う正義の心の強さゆえのことだと思って感動したのはなんだったのかとぼんやりしてしまうのだが・・・(こういうとこドライだよね、かずきさん・・・)。

この流れで言うけど、カレンが三條に自分の仕事場を見せたのは、五百津肇と翔のことを「調べ」、黒いフードの男の情報を五百津堂に齎し、そして弓美が封刃されるのを共に見届けたことで、穢刃に関わるための三條なりの「覚悟」を認めたからだと(駆の身体を心配する三條に「あんなかすり傷、ぜんぜん平気」とマウント取るカレンは嫌いじゃないw)、だから自分の作品であり駆が使う大切な(製作途中の)鎮冥鞘を“触らせた”し、そこには駆や自分たちが「好きで封刃という形で穢人をこの世から消しているわけではない」ことを解ってほしい、という思いがあっての行動だと思ったけど、『三條の血をつける』ことが目的だったのか・・・。
勝手に想像して胸を熱くしてガッカリして申し訳ない・・・。
鎮冥鞘の材料を見つけてくるのも翔の役目であることは語られていたけど、廃寺や廃神社で朽ちていくだけの柱や神仏が「ずっと人の祈りを受け続けていたものが突然受けられなくなる。また欲しいと思うでしょ。邪念を受けとめて浄化するにはちょうどいい」という説明にはなるほど納得。こういうところまでしっかり設定・説明があることはとても良い。


で、問題はここから。
三條と話をしてるそばで穢刃が出現し、翔に黙って外出していた駆なので徒手空拳で穢刃と対峙することに。
翔とカレンが駆け付けてくれたことで封刃はできたけど(走ってきた仲間が「コレを使え」って武器を投げ渡してくれるの燃えるよねー!)(その前に翔が穢刃を蹴り飛ばすのもイイ!蹴り飛ばして駆との距離を作ったところで(駆に)頷いてスッと身を引く翔さんスタイリッシュカッコよすぎるんですけど!)、封刃の瞬間、消えるはずの穢人の姿が一瞬戻り、そして消えた。
一体どういうことなのか。
駆の力が弱まっているからならば、おそらくこれまでの封刃師の歴史のなかでもそういうことはあっただろう。であればここまで驚いたりはしないのではないか。
とすると、今回はなにか『特別なこと』があったからではないかとなるし、そういうことなら『鎮冥鞘に三條の血がついたこと』がその理由としてまず浮かぶよね。
それと共に駆が穢刃の刀身を素手で受けたことも「これまでにはなかった事」なのではないかとも思う。

そこでこの現場に居合わせたカレンが「人を消さずに済む鎮冥鞘を作ることができるのではないか」と考えるのは必然と言える流れだけど、それが出来たとしても繰り返すけど今頻出してる穢刃は「本来の穢刃」ではないかもしれないわけで、黒いフードの男が作る穢刃には適応しても古から存在する本物の穢刃には「やっぱり効かない」ということになるんじゃないかな。
江戸の頃からの穢刃と封刃師の戦いが、これまで多くの穢人を封刃してきた封刃師たちの苦しみが、「三條の血」で解決するとかちょっと受け入れ難いんで、落としどころとしてはそこいらへんがいいのではないかと思う。


「俺も真さんみたいに人を救いたいって、そう思ってる。だから封刃師になったんだ」
そんなことを言う駆は「黒いフードの男」が「真さん」だと知ったとき、どうなってしまうのだろうか。

それはかつて相棒として悟堂真を「斬った」はずの肇もそう。
この先再びかつての相棒と対峙することになるのであろう五百津肇はどんな反応を見せどんな決断を下すのか。

そしてその場にはおそらく肇の息子であり駆の相棒である翔が居る。
父親から息子への「腹はくくっておけよ」という助言がこの先翔にとってどんな意味を持つことになるのか。楽しみだけど怖いよーう!。