貫井 徳郎『邯鄲の島遥かなり 中』


帯に「初めての普通選挙、島の英雄の死。血族の営みの影で、時代は動いていた。栄えつつある島に、容赦なく戦争が近づく。」と書かれているのですが、まんまその通りの物語でありました。

章タイトルが「第一回男子普通選挙」である第八部からの始まりなので、時代としては1925年(大正14年)、島の歴史としてはイチマツの孫世代が中心になります。

一ノ屋の血を引く者として自分(と父親)は「特別」ではないと理解していた孝太郎が、普通選挙が始まるにあたり島の代表として選挙に立候補し当選して島に利益を齎すことが一ノ屋である自分の役目なのではないか?と思いたち立候補するももう一人対立候補が立ってしまって島を二分する争いになってしまった結果、孝太郎は落選という物語から始まり、続いて島の文字通り「中心」である一橋産業を一代にして築き上げた平太の死後「隠し子」が現れ、選挙戦で勃発した「派閥争い」の余波で結婚することが叶わず島にある火山の火口に飛び込んで心中した男女をキッカケに心中のメッカとなってしまった(年間で百何十人が死んだってどんだけよ・・・)島のイメージ回復のために「野鎚」をでっち上げ、やってきた観光客に「千里眼」として芸を見せるイチマツの孫とその娘がいて、そしてイチマツの孫である功吉の幼馴染で親友の一磨は戦争で死ぬ。そして戦禍は島にも及び・・・。

という中巻で、上巻とのあまりにもあまりな空気感の違いにこれが「時の流れ」というものなのかと、文字から脳にダイレクトに伝わってくる感じがしました。

一橋を継いだ平太の息子は駆逐艦建造の許可を取り付け、平太はやらなかった(やろうとしなかった)軍事産業に手を出すことになったんだけど、造船大臣に「造船所が敵の攻撃を受けたとしても島がひとつ犠牲になるだけの話(だから都合がいい)」と言われてしまったことが、思った通り現実のものとなり、人も家屋も壊滅的な被害を受け島は焼け野原になったところで下巻へ続くというこの終わり方は、予想をしていても気が滅入る。

イチマツの出現から二世代を経て、三世代目が物語に登場してるけどまだ「特別な一ノ屋」は現れない。
戦後の話となる下巻にそれを期待したいところだし、時代的にもイケイケの下巻になるのではないかと予想しますが、その先、その先の未来である今のこの国の終末っぷりを考えるとそれはまさしく「邯鄲の夢」・・・なんだよね。