大沢 在昌『悪魔には悪魔を』


両親を事故で亡くし叔父夫婦に育てられた双子の弟が主人公で、高校を中退しアメリカに渡り悪事に手を染め逮捕されないために軍隊に入った弟は除隊して日本に帰国する。両親の墓参りを終えたところで弟は麻薬取締官だという男に声をかけられ、潜入捜査中に行方不明となった兄の代わりに潜入捜査を続行することを持ち掛けられる。

という始まりで、二十数年連絡を絶っていた兄になにが起きたのか、兄を殺ったのは誰(どの組織)なのか、それを突き止めるべく状況がわからないうえにアメリカ帰りで土地勘皆無だけど暴力と度胸はある弟がマトリや警察や日本のヤクザや外国人マフィア相手に駆け引きするわけですが、潜入捜査モノって素性バレするドキドキハラハラと、誰が「敵(悪)」なのかが明らかになる瞬間を楽しむためのものじゃないですか。私にとってはそういうものなのですが、これは簡単に素性がバレます。バラします。
主人公は仕事として潜入しているわけではないし、メンタル的にはアメリカ人のようなものなので、そこまで素性バレを恐れてないとしても、潜入捜査してるという緊迫感はほぼありません。
そして明らかになった「敵」が作中でその存在が語られては(浮かんでは)いたものの、『ぽっと出』の印象が否めない。というか登場したと思ったら話が終わった感。

兄には捜査目的で知り合いになり深い関係になった女がいて、兄の代わりを務める弟もまたその女に接触するのはいいとして次の瞬間にはもう惚れてて笑っちゃうんだけど(これはまあ定番展開なんだけど)、全編を通して兄が潜入捜査のために偽った身分のフリをしているという多重の嘘と、素性バレしたあとは女は兄の恋人だという心の枷が主人公を苦しめるので、というか潜入捜査のハラハラよりもそっちのほうが描写としては多い印象ですらあるので、つまり主題としては「そういう話」だった、ということで。