『麒麟がくる』第39回「本願寺を叩け」

光秀といえば愛妻家であることだし主人公の妻の死で1話作ることはいいと思うんだけど、その一方で丹波攻めも本願寺攻めも中途半端というか、結局どうなった?今どうなってんの?って話だし、ていうか長篠の戦いが終わってたってのはさすがに遠い目になるわ・・・。

帝が蘭奢待を毛利に横流ししたことが「事後」扱いとか信長がパワハラ炸裂させてんのも唐突とまでは言わないけど段階を二つ三つすっ飛ばしてる感じだし(天王寺砦の戦いを光秀と信長の行動を逆にするという超改変は流れ的に、というか、“この作品の十兵衛”が本能寺に向かうにあたりこうするしかなかったと受け止めるのが正解かなーとは思うものの、ここ信長の最高カッコいいところ(のひとつ)なのに我儘魔人みたいになっちゃってて残念このうえない。圧倒的数的不利な状況でありながらも自分を助けに駆けつけてくれた信長を十兵衛が「なぜ裏切るのか」ってところにわたしはドラマ性を感じるけど、あえて逆にしたことは「本能寺のため」だろうから、これを踏まえてどうしてくれるのかマジで楽しみよ!)、藤吉郎は大和を任せるのは自分とかどうですかね?などとほざいた上に「撃たれたことでちょっとはいい薬になっただろう」とか言ってるし。十兵衛んところに残ってする「話」って信長の悪口かよと。

そしてそうまでして描いた煕子の死だけど、この作品の煕子って今回流れた回想シーンで「全て」であることになんとも言えない気持ちになりました・・・。主人公を支え続けた妻が死んだというのになんの感情も沸かないとか・・・。岸も知らん間に荒木に嫁いでるしな・・・(「荒木の義父上」と台詞に出たけど、この感じだと村重は出ませんね)。

つーかあれだけ“すごいもの”のように描いてきた「駒の丸薬」が十兵衛と煕子の治療には一切用いられないとか笑ったわ。用いられても困るけどw。


次回はいよいよ松永久秀の炎上ですわよ!!。キャンキャン吠える信長(としか聞こえなかった)に対してぶっ倒れた十兵衛を見て「ここにも医者を!十兵衛!十兵衛!!」と叫ぶ声の通りが良すぎる松永様がド派手に逝ってくれそうで、クッソ楽しみ!!。