『麒麟がくる』第43回「闇に光る樹」

丹波の平定も、武田の滅亡も、本能寺攻落も、佐久間の追放も、ついでに三条西の爺様の死も、ぜんぶ事後(ナレーションで一言触れておしまい)って、いろんな事情があることを差し引いてもガッカリ&もったいなさすぎて、さすがに渋い顔になってしまうわ・・・。
こんな追放のされ方で、じゃあこれまでちょいちょいあった金子あっくん信盛の思わせぶりなカットはなんだったのかと・・・(てか勝家どこいった?)。
いろんな事情の最たるものはもちろん撮影中断と再開後の撮影環境の問題でしょうが、今にして思えば越前時代とか摂津との駆け引きとかこれほどの時間をかけて描く必要なかっただろと思うわけで(オリキャラについてはあえて触れない)、最終回=本能寺を迎えるにあたり今強く思うのはとにかくもったいないってこと。

そんで十兵衛が家康と仲良さそうにお話してるのを物陰からじと眼で見てた信長が、饗宴の場で十兵衛の手配にイチャモンつけて皆の前で辱め、(「信長様に無礼だぞ!」と言うならお椀をひっくり返した時だろうに後ずさりしながら土下座してるところに突っかかってくるとかタイミングおかしいだろ!な)蘭丸をぶん投げ夢と現実の区別がつかなくなったのかあの形相(さすが長谷川博己)でなんやわからん手の動きで信長をにらむ十兵衛(これぞ長谷川博己)って、視聴者として光秀に何が起こっているのかはわかるけど劇中の人物たちはぽかーんとなるしかないでしょ。なんだこれ。

周囲から「信長をなんとかするのは(できるのは)お前しかいない」と圧力掛けられた末に本能寺に至るのだとして、それならばここまで見てきた明智十兵衛光秀が本能寺の変のあと孤立するのはおかしいと、ありえないとしか今この時でもなお思えないんだけど(でも藤孝は十兵衛が義昭に会いに行ったことをグチグチ言ってたし、着々と裏切りフラグ立ててるわよね・・・)(足利義昭をまだ“頼り”にしようとしたこと、少なくとも秀吉や藤孝に“そう思われた”ことが三日天下の原因・理由ということならば、十兵衛の自業自得(でもある)ということである程度納得はできそうだけど)、もしかしてこの饗応での不始末を咎められたことに対する“恨み”ということになり(世間的にはそう目され)、家康を筆頭に内心はどうあれそんな私怨知らないですわー関係ないですわーってなことになるの?そのための十兵衛ちゃんによる白目チョップなの?だとしたら(さすが長谷川博己)(これぞ長谷川博己)と書いておいてなんですが、わたし怒るからね?。


しかし信長はコレ十兵衛がまさか自分に対し白目チョップかましてくるとは思ってないよねえ?。
ここのところ信長の言うことに対し十兵衛が素直に頷いたことがあったか?と聞かれたらはて?どこまで遡ればいいやら・・・ってぐらい言うことを聞かなすぎる十兵衛をなんだかんだでここまで赦してきたものの、自分に対してあんな顔、あんな振る舞いをした十兵衛に対し信長はどんな反応を見せるのか。

十兵衛の感情マックスバーニンで最終回に突入することになったけど、最後はカッコよく決めてくれるにせよみっともない最期を迎えるにせよ、長谷川博己主演の大河ドラマの最終回を楽しみにできることがうれしいよ。