五十嵐 貴久『命の砦』

命の砦

命の砦

消防士・神谷夏美シリーズ。
クリスマスイブの新宿。いつも以上に多くの人が集う地下街で大規模火災が発生する。同時多発的な放火とみられ火元は数え切れず、加えてマグネシウムを多用した電子機器の発売キャンペーンとして大量の商品が運び込まれていることが判明し、マグネシウム火災に発展する危険が高まる。新宿壊滅を防ぐべく、消防士たちは命懸けの戦いに向かう。

自然災害も凶悪犯罪も、以前であれば「小説ならでは」の設定であり描写だと思えていたものが現実でも同じような、いや現実のほうがもっとすごいとなることも増えてきたなかで、さすがにこの「新宿地下街で大火災が発生し下手したら新宿壊滅」という設定は現実では起こりえないだろうと思えるので、そういう意味で物語の世界に没入して読むことができました。

私は自衛隊や消防士といった「他人の命を救うために戦う人間」がとにかく好きで、そういう人たちの戦いに、そういう人たちの間で交わされる熱いやりとりに、問答無用で胸が熱くなってしまうタイプなので、まあ燃えました。燃えはしましたが、同時多発的放火を犯した人間たちの動機だけが描かれ、それがこれほどの大災害になってしまったことに対する“落とし前”が物語の中で描かれず(被害の様子を“祭り”として面白がる野次馬についてもそう。マンパワーが必要な局面があって、夏美が一般人の中にも協力の手を挙げてくれる人がきっといると主張するんだけど、作中では「必要な物が集まりました」と事後報告されるだけで、一般人の協力については描かれないんですよね。ここで土嚢ならぬ塩嚢を作るために野次馬たちがスマホを仕舞って協力してくれるとかさ、小説なんだからそういう場面があってもいいのにな)、主犯の復讐心に対する結末というか、それに対して描かれたのがシリーズキャラである柳の死だったりするもんで、理不尽さだけが残るというか、気持ちの落としどころが見つからず、ほんとうにこれでシリーズ終了だとしたら後味としてあまりいいものではないので、神谷夏美シリーズとしてでなくて構わないから「その後」が読みたい。