『仮面ライダーゼロワン』第17話「ワタシこそが社長で仮面ライダー」

まあ、これまで(過去作)のことを思い出せば年を跨ぐことで局面は変わっても作劇の感じそのものが変わるなんてことはないことぐらいわかってはいたんだけどさ、ヒューマギアが暴走し、社長の職務としてゼロワンに変身して暴走した個体を破壊しましたと、そこはいいんだけど「持ち帰った個体を調べても暴走の理由は不明」と言われて「そうか」の一言で「それはそうと一輪サクヨのラーニングすごいな!」という或人に改めてガッカリ&うんざりですわ・・・。
これまでは「滅亡迅雷」という明確な「原因」があっての暴走だったものが今現在は不明だというのに「そうか」で「それはそうと」ですかよと。そんで生け花勝負に負けて相手を侮辱しだしたと思ったら暴走してマギアになったサクヨを庇うような言動してたけど、アンタさっき街中で暴走したヒューマギアをノー葛藤でサクッと破壊しましたよね?と、関わりを持ったヒューマギアとそうじゃないヒューマギアに対する行動・言動があまりにも違いすぎて、改めてマジ無理ってなったわ・・・。

で。飛電のヒューマギアとZAIAのザイアスペックの勝負って、成立するものなのか?。

人間の代わり、あるいはサポート要員としてその職務に特化したロボットが働くことと、人間がAIの知能・思考力により能力を進化させる(進化した能力を発揮できるようになる)ことって勝負どころか並列で語ることすらできない、まったく別の話だとわたしには思えるんだけど。

花屋の店員用ロボットと華道の家元が戦うことになんの意味があるんだ?。家元(人間)が勝負に負けたからって花屋の店員をやるわけがないし、人間の作品よりロボットの作品のほうが優れていたとして、じゃあ華道はすべてロボット化するね!ってことにはならないよねえ?。だって両者は求められていることがそもそも違うんだもん。
そのうえで、どちらがどちらの作品なのかわからない状態で純粋に「作品」だけを審査するなら『勝負』にはなるかもだけど(それでも勝負する意味がないってことに変わりはないけど)、最初からその道で定評のある“家元”と“ロボット”の作品であるという先入観があるわけで、全く土俵が違う勝負の結果で会社の買収の行方が決まってしまうとか、それZAIAはともかく飛電の社員は知ってんの?って話。それならまだ社長同士が仮面ライダーに変身してタイマン勝負したほうが気持ちとしてはマシじゃない?。

ってところで、1000%社長の目的はソレだと、飛電の製品(ヒューマギア)と自社製品(ザイアスペック)の性能であり能力、製品価値を競おうとしているのではなく、5番勝負に出場した飛電のヒューマギアが暴走し(人間に悪意を抱かせ、抱いたところでアークが介入という暴走作戦)、暴走したヒューマギアは仮面ライダーサウザーに変身した自分が倒し、さらに飛電のゼロワンすら圧倒する強さを見せることで、飛電よりもZAIAがあらゆる面において上であると、それを証明することだってなことなんだろうけど、もっと言えば血縁の孫ってだけで飛電是之助の後継者になった或人に対する個人的な悪感情からボッコボコにしてやりたいし全部奪ってやりたいってところでしょうが、でもこの流れでゼロワンに襲い掛かった挙句飛電の技術というか力をパクって出した必殺技に堂々とコピーライト表示してるとか盗人猛々しいとしか思えん。所詮支社長だしな(いずれ本社から解雇通知届いてガーンってなるのが目に見えるw)。