最後に出てきたおばさん誰だよ!?すげえ気持ち悪い!!
でもこういうのすげえ好き。
これだけ多くの『容疑者』がいて、それだけ多くの『動機』がある。
誰が犯人であれ、それぞれにとって憎い相手は死に、そして再び祭りが行われ、心のなかに何を抱えていようが住人たちは笑い合う。
そこにあるのはザラっとした気持ちの悪さ。
「かもしれない」だらけなのに、次から次へと「かもしれない」は浮かんでくるのに、そこから先へはすすまない。すすめない。圭も祐太郎も、そして視聴者も。
依頼人の死亡を確認したと祐太郎が報告したそのときに舞さんがいなかったならば、依頼人の名前に憶えがなかったならば、データはいつも通りサクっと削除されていたのだろうけど(いやドラマでは毎回データ見て依頼人の事情に首つっこんでますけど)、はたしてどちらが良かったのか。
たしかに言えることは、圭と祐太郎が『商売』にしているものはそういうものだということか。それを依頼人である笹本隆のことはその“視点(視界)”を見せる以外一切描かずに、最終回のひとつ前に見せたことにどんな意味があるのだろうか。