『問題のあるレストラン』第9話

烏森さんが戦うのは自分に任せて正しく楽しくレストランやれって言ったのに、裁判の手伝いするから店は任せるってなにそれ。
そんでセクハラ被害者本人は「雨木社長に謝ってもらいたい」ということを第一目標にしてるんだろうに、雨木と会える機会に他人が出向いて謝罪してもらって、それ何の意味あんの?。
とか思ってたら客がスプーン落として警察沙汰とか何がしたいのこのドラマ。
たま子が何の権利で大演説かましてんのか知らんけど、あの当時確かに五月は仕事に燃えてたんだろうし、父親のレストランを再建するという夢も持っていたんだろうよ。でも今は全てを受け入れてくれる恋人(結婚相手)が出来て、司書の資格を取るという現実的な目標もあるわけでしょ。だから『前へ進むために』『過去に決着をつけたい』ってことだと思うんだよね。つまり後ろ向きではない。でもこの演説を聞いて(ながら聞きだけど)たま子は過去を向いてるように感じた。それに例えとして決して適切とは言えなかったと思う傘の話からあっくんのことを思いだして自分なりに理解したつもりだという門司に「もうそんなこと言ってる場合じゃない」とか言っててさ、この女なんなの?なんのつもりなの??と。
吹越さんがもし自分の娘が藤村五月と同じような経験をさせられたら「俺なら殺す」って言ってたけど、それ聞いてこのドラマのテーマの1つって「思いやり」なんじゃないかなーって思ったんですよね。『あったかい料理』がその象徴で。もし自分だったらどうするか?と考え、それによって他人の痛みや哀しみをちょっとでもわかろうとする、わかることができたらいいなって、そしてそれによってちょっとでも優しい気持ちになれたらしいなって、そういうドラマなのかなーなんてぼんやり思ったりしたんだけど、でもたま子は他人の気持ちを思うことを超えてしまっているように感じるんだよなぁ。五月のためじゃなく自分のためになってるというか。
喪服ちゃんと耳の子が伊達さん(気取らない店なのかもしれないけど、客のことは「伊達様」って呼ぶほうがいいと思うの・・・)に謝罪したうえでモロモロ認めてもらえて「おいで」と両手を広げたハイジさんにうわああああん!って抱きつくのはすっごくいいのに、これ本筋じゃないんだもんなぁ・・・。