奥田 英朗『コロナと潜水服』

コロナと潜水服

コロナと潜水服

  • 作者:奥田英朗
  • 発売日: 2020/12/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

はー、こころがあったまる。

小説宝石」に掲載された5編の短編集で、一言でいうと「ファンタジー幽霊もの」なのですが、そのなかでタイトル作だけは「幽霊」が出てこないんですよね。そしてタイトル通り「コロナ」の話なんです。

掲載されたのは2020年の7月号とのことなので、おそらく奥田さんが「コロナと潜水服」を書かれたのは初めての緊急事態宣言が出された直後ぐらいのことだろうと思うのですが、その頃私はどうしていたかというと、趣味(というかほぼほぼ生活の中心)である観劇が軒並み中止→払い戻しで心が死にかけていたわけで、まあ理由が理由なんで私の状況・状態が「普通」だとはさすがに言いませんが、それでもあらゆる芸術分野が「不要」とされる空気のなかで奥田さんがそのものずばりの「コロナ禍」をこんなにも優しい物語として描いてくれたことに心の涙が溢れました。つまり実際には泣いてない。

1編目の始まりは「妻の不倫」、2編目の始まりは「リストラを拒否して工場の警備補助という閑職に回される」、3編目は「プロ野球選手の恋人との格差に悩むフリーのアナウンサーの話」という、なかなかにドロドロした設定なのに気持ちよく終わる作品が続いたところでタイトル作なので、最後の1編はどんな作品なのだろうかとやや不安を覚えたんです。コロナと~は優しい物語だったけど、それを執筆していたであろう時から状況はどんどんと悪化していて、日本の終末感がどんどんと加速していて、それが奥田さんの作品ではどんな影響となって現れるのだろうかと。
そしたらコロナまったく関係なかった。コロナなんて存在してなかった。

同じく「ファンタジー幽霊もの」ですが、前半の3編と違ってドロドロ設定はありません。小さな広告代理店の社長として長年頑張ってきた主人公が自分へのご褒美として憧れの車であるフィアット・パンダを新潟の中古車店で購入するところから始まるのですが、これがまーあ泣けちゃう。いわゆるロードムービー的な物語なのですが、全ての瞬間が映像として浮かびあがるようで、その中心に真っ赤なフィアット・パンダがいる全ての出会いが素敵すぎて、心の涙が最後の1編で溢れちゃった。つまり泣いた。べらぼうにいいお話だった。

ちなみに映像化(絶対映画!)(タイトルは絶対変えちゃダメ!)するなら主人公は光石研さんがいいです。