『トレース~科捜研の男~』

科捜研って警察から送られてきた試料を検査・検証するための機関で、刑事の指揮下で行う現場検証は鑑識の仕事ではないのだろうか?。
という疑問は科捜研の女ならぬ「科捜研の男」というタイトルで『そういうものだ』で納得しますが、推理を証明するために証拠があるのではなく証拠そのものだけが真実だという主人公の持論は結構だけどやってることが“ルミノール反応”を見つけるだけだというのがとてつもなくショボい。一応シチューによる火傷がどんな形(シチュエーション)で行われたことによるものなのかという実験を行ってはいたけど、それも含めこのドラマは『調査結果を伝える』だけなんだよね。科捜研が舞台なんだからその調査・検査・検証の過程を見せてほしいのに、そこすっ飛ばして結果だけ言われてもねえ・・・。以前ならそれでもよかったかもしれないけど、アンナチュラルという作品の後でコレってのはさすがに舐めてんの?と思わざるを得ない。

船越栄一郎の演じる刑事もなんでもかんでも「勘」で押し切ろうとする前時代的な男であるところまではいいとしても科捜研を下に見て高圧的な言動をとる(一方で上司からは「牛丸」と呼ばれ使えねえ奴扱い)ってのはキャラクター設定として完全に失敗してるし。この人だけ2サスっぽい演技なのは演出(狙い)だと思うけど、残念ながら悪目立ちの逆効果。
そのうえドラマの縦軸にあの表情した千原ジュニアだなんて、キャラクター的に期待できそうな人物がひとりもいなさそうで今のところ何を楽しみに見ればいいのかわからんぞ(これが(船越とのバランスとか抜きにして)佐々木蔵之介内野聖陽仲村トオルだったら全力で見るー!ってなるのに)。

主人公が刑事の「勘」を否定してる以上、刑事が犯人だと思ってない人物が犯人であり、犯人に該当する人物候補としては父親と母親と隣人しかいないとなればもう隣人だと予想ができてしまうものの(ていうか演者が池田くんなので出た瞬間「コイツが犯人」となっちゃうよね)(でもこの動機でバラバラにする心情はわからん)、犯人を突き止めること自体が話の目的ではなく証拠だけが真実だと言い切る主人公が単独で検証した結果導き出した「頭上からかけられたシチューから母親が娘を庇った」という結論が実はそうではなく「シチューをかけられそうになってる母親を娘が守ろうとした」ことが“真実”であったと、初回から証拠=鑑定結果ではわからない“真実”もあるということを見せ、それに対し自身が犯罪被害者家族(+加害者家族でもある?)である主人公が娘はなぜ産まれてきたのかと嘆く母親に「お母さんを救うためだと思う」と言うことにあるってところは悪くはなかったけど、繰り返すけど科捜研としての仕事描写がショボすぎるから「なんか言ってんなー」程度にしか思えんし、毎回刑事が勘を働かせて間違った推理をする(そうでないと話が展開しない)ならこれまた繰り返すけどこのキャラでそれは辛い。