わたしにとっての蜷川幸雄

ついに蜷川さんが逝ってしまった。

年始に放送された特番で海外公演からチャーター機で帰国する姿を見て、いずれその日が来るのだろうと、その覚悟はしていたつもりですが、でも車椅子に乗り呼吸器を装着しながらもバリバリ演出してる様子をこう言っちゃなんだけど・・・見慣れてしまい、舞台の延期や入院の話を聞いてもなおまだまだ大丈夫だろうと、なんだかんだでまだまだ演出し続けてくれるのだろうと、そんな楽観的な期待を持ってしまっていたところもあって、だからやっぱり驚いた。
そして今、思っていた以上の喪失感に襲われています。

わたしの好きなあのひとがもう蜷川さんに演出されることはないのだと。
わたしの好きなあのひとが蜷川さんの演出を受けることを願うことはもうできないのだと。
次のオールメールは誰かな?誰に出て欲しいかな?ってお友達と予想しあったり願望を戦わせることももうできないのだと。
もう新しいオールメールが作られることはないんだと。
ないんだよ・・・・・・?。

この先誰かが蜷川さんの魂を受け継ぎ新しいオールメールを作ってくれるかもしれないけれど、それは蜷川さんのオールメールではない。
新しいオールメールが作られることを否定するつもりは毛頭ないし、わたしはそれを「観たい」と思うだろうけど、でもわたしにとってオールメールはイコール蜷川さんだから、やっぱりきっとそれはわたしが思うオールメールではなくなるのだろう。

わたしの中で蜷川さんが特別な存在である理由は、蜷川さんであること、にあるのです。
変な日本語になっちゃったけど、例えば「ロミオとジュリエット」という作品が上演されるとして、わたしはこの作品が好きではないので積極的に見たいとは思わない。
でもそれを演出するのが蜷川幸雄であるならば観る。なぜならそこにはきっと見たことのない貌をしてる役者がいるから。

好きな役者が舞台に出るとき、出来ることならばいい作品、もっと言えばわたしの好きなタイプの作品に出て欲しいと願うけど、蜷川幸雄演出であればそれがどんな作品であれ、端役であったとしても出て欲しいと思う。
作品よりも蜷川幸雄という演出家のほうが先にくるんです。
舞台を観るようになり、好きな演出家さんもたくさん出来たけど、作品に関わらず「この人の演出ならば」と思えるのは蜷川さんだけ。
でも初めからそう思っていたわけじゃなくって、舞台を観るようになって、わたしなりの判断基準ができて、そのうえで蜷川さんのすごさ、すばらしさがようやっとわかった。と思うんです。

悲しい知らせを目にしてから、わたしがこれまでに観た蜷川作品をひとつひとつ思い出してみたんだけど、全部鮮明に覚えてるんですよね。それがどんな作品だったかすぐ思い浮かぶ。当時はそんなにいいとは思わなかった舞台もしっかり思いだせて、思いだせるどころか今思えば良かった気がする・・・やだもう一回観たい!!とか勝手なことを思ってしまったり。

わたしが蜷川さんの演出作品を初めてみたのって、たぶん大沢たかおがロミオを演じた98年のロミジュリだと思うんだけど、わたしにとって転機となったのは2005年。
「KITCHEN」で長谷川博己という俳優を知り、「NINAGAWA十二夜」で市川亀治郎という役者の魅力を思い知らされた。
当時はそれが蜷川さん(演出家)の力だなんてわからなかったけど、今ならそれがよくわかる。
そしてそれまでも好きではあった高橋一生だいだいだいだいだいすき!!!!!になったのは「から騒ぎ」を観たから。
蜷川さんの舞台を観ていなければ吉田鋼太郎を知るのはもっとずっとあとになっただろうし、高橋洋の魅力に気づくことはなかったかもしれない。
今、わたしが毎日を頑張れるのは博己くんや一生くんが出る舞台や映画やドラマがあるからで、もちろんそれだけじゃないけどでもそれはわたしのなかで必要なことで、とても大きな要素で、そのキッカケというか出会いというか、そういうものを与えてくれたのは蜷川さんです。
蜷川さんの演出された舞台に出会っていなかったら、確実に今のわたしはいない。
わたしにとって、蜷川幸雄という演出家は、そういう存在です。

もうこの先蜷川さんの作品を観られないんだと思うと、好きな役者が蜷川さんの舞台に立つ妄想ができなくなるのだと思うと生きるための活力が少なからず削がれてしまいますが、でも「お気に召すまま」とか「から騒ぎ」とか、「カリギュラ」とか「血は立ったまま眠っている」とか、「太陽2068」とか、「ロミオとジュリエット」(2014年のオールメール)とか、それから「海辺のカフカ」(初演)の記憶はずっとずっとわたしの宝物でありつづけるでしょう。
ああ、蜷川さんにこの言葉を言う日が来てしまったんだなぁ。

蜷川幸雄さん、ほんとうにありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。