『平成中村座 十二月大歌舞伎 昼の部』@平成中村座

十二月公演は菊之助さんと松也さんがご出演なさるってんで、話の種に1度は入ろうと思っていた平成中村座に行ってきました。演目的には、というかわたしのお目当てである松也の役的には夜の方が見たかったんだけど、この時期夜の中村座に耐えられる自信がなかったので昼の部を松席で観劇。
小屋内の雰囲気はこんな感じ。


1階松席前方から写した写真ですが、天井から中村座の名前入りの大きな提灯が下がりやや薄暗く茶色を基調としたこじんまりとした空間です。ちなみに2階席にある金屏風は3万越えのお大尽席です。
松席は床に敷かれた畳調カーペットにかなりフカフカの座布団つき座椅子が固定されているのですが、前の席との幅は162センチ程度のわたしが体育座りしてもまだ前に鞄を置けるぐらいのスペースがあるぐらいで、横の席との間隔はお互いが多少もぞもぞしても肘がぶつかることはない程度にあって、思ってたよりもだいぶ広いなと感じました。特に両最端の席と花道横の席は通路としてちょっとしたスペースがあるんで鞄を置けていいかもしれません。床席って足の形どうすればいいの?と思う人もいることでしょうが、結構な女性が胡坐または体育座りで見ていたように見えました(笑)。着物の人も所謂お姉さん座りで足崩してたし(松席は段差ナシだし席が互い違いにもなってませんが、舞台が結構高いんで前の人が正座しても多分見えると思うんだけど、でもやっぱり正座されると圧迫感があると思うんでむしろ崩してもらったほうがありがたいよね)。ちなみにわたしはそのつもりでちゃんとパンツで行ったんで、胡坐をストールで隠しました(笑)。
竹席はやっぱり相当キツそう。鉄製のベンチに座布団が固定されてるんだけど、椅子が独立してないベンチだから隣の人が気になりそうだし、背もたれも角型のパイプにクッションが巻かれてる腰の高さまでしかないものなので背中は辛いんじゃないかなぁ。
ちょっといいなと思ったのが一番安い桜席。完全に舞台を真横から見る形になるんだけど、舞台と同様に席ごと幕で隠れてる、つまり幕内なのね。で、幕開きと同時に舞台上に席がお目見えするわけです。これきっと幕間の作業とか見えるんだよね?いいなーここで見てみたいなー。
結構気になると聞いていた外部の騒音は、うん・・・気になるっちゃ気になるかなぁ。タイミングにもよると思うんだけど、片面が道路に面してて、小屋の背後は野球場(グラウンド?)なんだよね。わたしが見たのは土曜日だったんで少年野球をやっていて、シーンとした瞬間なんかはその掛け声やらなにやらがさして大きくはないものの聞こうと思わずとも聞こえる感じで、気にならないといったら嘘になる・・・かなと。わたしが見た回はセーフだったけど、救急車の音や船のエンジン音なんかもかなり聞こえるらしく、この値段(14,000円)でこの環境ってのは酷いと怒る人の気持ちも分からなくはないかな。
ていうかそれより酷かったのはやっぱり寒さ。覚悟してた足元はそうでもないんだけど(防寒してったせいもあるかもだけど)、肩から背中のあたりが寒いのなんのって。でもこれ席によるかもしれない。わたしは上手の前方席(3列)だったんですが、最初はそうでもなかったのにビール+ワンカップ2本飲んだにも関わらず途中からやたらと肩のあたりが寒くなってきて、風の流れからして思うにこれ舞台奥(袖)は機材の出し入れやらなにやらで壁がオープンされてるんじゃないかなぁ?あきらかに外気が入ってきてる感じだったもん。もしそうなら前方席の方が間違いなく冷える。なのでむしろ足元よりも肩首周りの防寒対策を用意していったほうがいいと思います。
あとは、トイレか。トイレは小屋内に仮設トイレが設置されてるんだけど、数は相当あったらしく(わたしは一度も行かなかった^^)、列こそ2階まで延びてるものの捌き担当の人もいっぱいいてサクサク進むからさほどのストレスは感じなくてすむようです。ただ仮設だけあって狭いし荷物置き場はないしでそこいらへんはちょっと大変とのこと。
会場についてはこんなもんかな?。


演目は『菅原伝授手習鑑』の半通しで「車引」「賀の祝」「寺子屋」の3本。
『車引』
勘太郎さんの梅王丸に菊之助さんの桜丸ってもう想像だけで頬が緩んでたんだけど、実際に見たらもうニヤニヤがとまんね(笑)。
ていうかこれいきなり素晴らしかった!!。特に荒事担当のカンタ梅王丸が凄まじい気合と迫力で、動きはキレッキレで声も力強く、特に足をガバっと広げてグッと腰を落す動きがすごいのなんのって。一気にグッと落すキレと落としたらビタっと止まって微動だにしない安定感と、そしてカンタの魅力の一つである芸術品のようなふくらはぎに釘付け。一つひとつの型がとにかくビシっと決まるのね。荒々しくも美しい。カンタの身体能力の高さってのはもうお墨付きだけど(誰のだw)、梅王丸のような役はそれがとてもよく分かる。
対する菊ちゃんの桜丸は和事の人なんだけど、カンタと並ぶと可憐に見えてまじニヤニヤ(笑)。元禄見得のカンタの隣で両手をスッと上げて手首をヒラっと返し型を決める菊ちゃんが麗しいのなんのって!。この二人の並びってわたし見たことないような気がするんだけど、二人の台詞の言い回し(テンポ)も耳にすっと入ってくる感じで聞きやすいし、男らしさ漲るカンタと柔らかでしっとりとした菊ちゃんの対比がまさしく相乗効果となって大変魅力的。
それから杉王丸を扇雀さんの息子さんである虎之介くんが務めてたんだけど、わたしの二の腕の方が太いんじゃ・・・・・・!?と真剣に思ってしまったほど細い足に衝撃を受けたことを書き記しておきます・・・w。


『賀の祝』
わたしの今月メインの演目でございます。ええ、久方ぶりの女形・松也さんでございますよ。
松也のお役は亀蔵さん演じる松王丸の女房・千代。カンタ梅王丸の女房・春を務める新悟さんと共にいきなりの登場なんだけど、これが可愛いのなんのって(笑)。松王丸と梅王丸と桜丸は三つ子なもののそれぞれ仕える主君が違うのでそれぞれが抱く譲れないもののためにぶつかり合う運命なんだけど(それが一つ前の「車引」で描かれています)、でもそれぞれの女房たちは仲良しなのね。で、三つ子の父親の70歳のお祝いをするための準備をいそいそとしてるんだけど、そこでついついダンナの自慢しちゃう千代が可愛いのよおおおおおおおお!。庭に菅丞相(菅原道真)が愛でていた松と梅と桜が植えられていて、女房たちはその木をダンナに見立てて「やっぱり松の木が一番枝ぶりがいいわー男前だわー」とかなんとか言い合うんだけど、そこで松の木にだけ蜘蛛の巣が張っててwムキキキーーーーッと絶叫しながらダッシュでそれを剥がす千代クッソ可愛い(笑)。あと松王丸と梅王丸に兄弟喧嘩するからと家の外へ追い出されたものの心配で仕方なくてソワソワハラハラしつつ必死で玄関からのぞきこむのも可愛い(笑)。
でもこの千代は『大年増』扱いなんよw。三つ子とは言え見た目も性質も松王丸が長男、梅王丸が次男、桜丸が三男ってなポジションなんで、それにあわせて女房たちも千代が大年増、春が中年増、そして七之助さん演じる桜丸の女房・八重はまだ振袖着用が許されるお嬢さんってな感じなのね。それなのにノリってか動きってか・・・千代が一番ハッスルしてていいのかと(笑)。セブンや新悟さんと比べると松也はガタイがいいのもあって、なんていうか・・・・・・若いよねと(笑)。お歯黒だけど。
てか最初に書いたようにわたしのお目当てはあくまでも松也ですんでここで14,000円の元を取るべくロックオン状態で観察してたんですけども、もちろん双眼鏡装着でw、でも松席1桁列で双眼鏡装着は舞台から見ても確実に目に止まるんでしょうねぇ・・・・・・双眼鏡の中でものっそい目があいました(テヘペロ)。目の前で松梅が俵担いでの力自慢大会や桜の木を折ったのは「俺じゃねーもん!」と言い合いっこしたりとアホみたいな兄弟喧嘩を繰り広げてる中、わたしは対角線上にいる松也を見続けてましたからね。こういうアピール大事(笑)。
・・・とまぁ前半は喜劇タッチで進むんだけど、後半はうって変わってドシリアスになるのね。ドシリアスどころか菊ちゃん演じる桜丸の切腹という超鬱展開に突入するのです。
松王丸と千代夫婦は父親から家を追い出され、梅王丸と春もまた追い出されるものの不穏な空気を感じ家の裏手に回った後、一人残った八重が一向にやってこない旦那・桜丸の身の上を案じていると夕陽が差し込む座敷口の暖簾をスッとくぐって桜丸が現れるんだけど、菊ちゃん桜丸が登場した瞬間空気が一気に入れ替わったのが凄かった。この見目麗しく涼やかで凛としながらも憂いを帯びている青年がこれから何をするつもりなのか知ってるからってのはあるかもだけど、それを差し引いてもこの存在感は素晴らしい。何も喋らずとも動かずとも桜丸の“覚悟”がひしひしと伝わってくるのね。儚くて、でも絶対に折れないものが身体を貫いている桜丸で、まさに壮絶美。父親に介錯を頼むものの父親は農民の出なので父親にとっての介錯というものは首を斬ってやることではなく迷いなくあの世へいけるようひたすら鐘を鳴らし念仏を唱えることなのね。だから桜丸は腹を斬った後自ら首も掻っ斬り、そしてようやっと絶命するのです。相当ヘビーな状況なのに、美しい以外の言葉が出ない。全ての動作に、全ての表情に気品があって、どうしてこの美しい若者が死なねばならないのだろうと、その理不尽さが菊ちゃん桜丸の存在によって痛いほど伝わってくるの。正直好きな演目ではないのだけど、こんなにも話の中に感情移入できるとはちょっと驚き。今の菊ちゃんで賀の祝の桜丸を見られて本当によかった。カンタ梅王丸の腕に抱かれる菊ちゃん桜丸という眼福、そして眼福!だったことも含めてねw。


寺子屋
わたしにとって寺子屋とはイコール中村吉右衛門だもんで源蔵を初役として菊ちゃんが演じるってのは不安しかなかったわけですが、人生経験積みまくりの「先生」としての深みこそ感じられないものの、絶体絶命のピンチにいっぱいいっぱいになってる感はむしろ吉右衛門さんよりもリアルで、これはこれで悪くないなと思ったし、なによりも眉間に皺を寄せ気難しい顔で花道を歩いて登場し、ワケアリ女房のセブン演じる戸浪に気遣われる感じがエリートっぽくて超俺好み!!(笑)。悩める男の色気ダダ漏れ!!(笑)。わたしこれまで寺子屋で妄想なんて一切したことなかったんだけどw、この源蔵と戸浪夫婦はちょっと・・・・・・子供たちがいない時はどんな会話してんのかしらとか妄想の扉が開いてしまいますw。
そんな菊ちゃん源蔵を受け止めてくれるのがいよいよ登場する勘三郎さんの松王丸なのですが、吉右衛門さんの松王丸が忠義と信念の男であるならば勘三郎さんの松王丸は人情の男って感じ。松王丸の計画が明らかになる瞬間までは病気を装ってるという設定には関係なく、声の張りやらオーラやら、それら全てがふたまわりぐらいスケールダウンしてるというか・・・・・・まぁそんな風に感じてしまって、首実検の場ですらその印象は覆らなかったからこれちょっとどうなんだろうって本気で戸惑いかけたんだけど、源蔵が菅秀才の身代わりとして首を斬った小太郎は実は松王丸の子供で松王丸はそうさせるつもりで小太郎を源蔵の寺に入れたと明かし、我が子の死に桜丸の死を重ねて涙を流すあたりからはさすがの引力で、幼い我が子・小太郎が死ぬ瞬間『にっこり笑った』と聞き泣き笑いするのは勘三郎ここに在り!!って感じだった。
尊い犠牲となった小太郎に焼香を手向けるんだけど、小屋が狭いからその匂いが小屋中に満ちるようなのね。それがまた悲しみを煽るし、また賀の祝から続けてやったおかげで松王丸の涙についさっき儚くそして美しく散った菊ちゃん桜丸の死を自然に重ねることができてさらに哀しくなるし、表現としてはちょっとおかしいけれど、”いい空気“でした。


終わってみると勘太郎さんの気迫と菊之助さんの安定感が強く印象に残るかな。特に菊之助さんは若手花形の中ではトップと言っていいのではないかと改めて実感しました。ホクホク!。