『モリのアサガオ』第8話

拘置所(刑務所)って最も融通が利かない施設の一つというか、融通利かせちゃいけない空間なのではないかと思うんだけど、情熱があれば服務規程違反は咎められず、死刑執行に関わることなのに所長の決定を簡単に変えても許されるんですね。死刑執行の予行練習をする刑務官の人たちの様子は見てるこっちまで息が苦しくなるようだったし、ついに執行された深堀柄本っちゃんは娘との面会シーンから独房の前に若林さんが立ち、そして最期の瞬間まで、ちょっと・・・言い表す言葉がないほどの凄さであり怖さであり・・・役者の熱演は痛いほど伝わってくるのですが、だからこそ、そういう“ドラマ的ご都合展開”がとても気になります。
てか及川はってか刑務官が死刑囚にお悩み相談するってどうなの・・・・・・・・・。若林さんが刑務官の仕事は『死刑囚たちが心穏やかにその日を迎えるべくすごすための環境を維持すること』というようなことを何度も及川に言ってるけど、及川はむしろ心乱しまくりよね^^。今回初めて迫に暴力を振るった渡瀬が懲罰房に入れられてたけど、だったら刑務官への暴力だって懲罰の対象にならないわけがないので、となると及川はこれまで何人の死刑囚を懲罰房行きにさせたのかと・・・。
あとまぁこれもそうじゃなきゃドラマ(漫画)にならないってのは分かるんだけどさ、死刑囚と面会できるのは原則家族だけであり(そういやこの拘置所では特例がありましたっけね^^)、もちろん死刑執行を被告の『関係者』に見せるなんて無理なわけですよね?。“山本のガキ”が刑務官になり深堀が収監されてる拘置所に配属になったってところまでは不可抗力ってか“偶然”だからってことで特に問題はないとしても、及川=山本のガキだということを深堀及川双方が知って以降のやりとりは、“死刑囚と刑務官”ではなく“死刑囚とその友人の息子”としての意味合いが強いように見えたんだよな。それを一言で言うならば『公私混同』だと思うんだけど。その挙句が「自分の死に様を見とけ」でしょう?深堀の発言は刑務官・及川に対してではなく山本のガキに対してだよね?。それってやっぱり特別扱いが過ぎると思うし、だからこそ所長は及川の立会いを認めてはならなかったと思うんだよなぁ。
それに、今話の中で描かれると思っていた山本に命を救われた(恩返しされた)深堀がなぜ再び殺人を犯し死刑囚となったのか、その理由であり心情が全く描かれなかったのもガッカリです。山本が産まれてくる子供を抱くこともなく死刑になるというのに自分だけ妻子と暖かな暮らしを送るわけにはいかないとかさ、その反対に服役を終え妻子の元に戻り山本にもらった命の限り真面目に生きようと思ってたのに全力で拒絶されそれならば山本の後を追おうと思ったとかさ、絶対に何か理由があるはずなんだから、それを見せて欲しかった。得意の独房内に入り込んでの会話としてでもいいし、何も喋らず最後までふてぶてしいまま死んでいってこその深堀だとも思うので深堀自身の言葉ではなく若林さんでもぬっくんでもいいから語ってほしかったです。じゃないとあれだけ拒絶してた娘がわざわざ面会に来たことの意味が伝わらないと思う。柄本っちゃんの絶妙な表情で深堀の心の中がざわざわしてるのは充分伝わってはきたし、クマさんトレーナーのこともあったしってんで、この時の深堀の表情を際立たせるためにあえて一切の説明をしなかったのかもだし、そもそも深堀みたいに長年死刑囚としてあの場にいる男が改めて動機や気持ちを語ることはないだろうけど、そこは及川の必殺「なんで?どうして?」攻撃があるじゃないか。これまでさんざん人の心に土足でズカズカ入り込んでたくせに肝心のことは聞かないとかほんっとにイライラする男よね。彼女のソウル行きとかどうでもいいねん・・・・・・。
山本を演じた眞島さんも深堀を演じた柄本っちゃんもまさに熱演だっただけに(♪ホ〜テルはリバーサイド (リバサーイッ) 川沿いリバーサイド (リバサーイッ) ってw)、せめてもうちょっとだけでも脚本が丁寧だったらなぁ・・・・・・と思いました。


ん?渡瀬口から血吐いてたけど、まさか肺病なのか!?日本刀+肺病+ARATAとかとんだときめき設定すぎんだろ(笑)。いっそもう浴衣着ちゃえ!(笑)。