『エルピス―希望、あるいは災い―』最終話

わたしなりに受けとめ抱えたものがありすぎてなにから書けばいいのか迷うんだけど、とにかく吐き出したくてたまらないのでとにかく書きます。

まず、8話の感想で“そもそもは松本さんの冤罪を晴らすことが目的(チェリーさんの望み)だったわけで、本城彰については藪の中になってもそれさえ叶えばいいよというのが今のきもち”だと書いたんだけど、その次の9話で村井さんと岸本が引き込んだ大門亨の死という大きな、あまりにも大きすぎる代償を負うことになってしまい、もはや恵那と岸本の手には負えないスケールの話になってしまったことに戸惑いながらの最終回でしたが、「綺麗」に終わったなと、その鮮やかな幕引きっぷりに驚きました。

チェリーさんが料理をしていて、その先にほほ笑む「おじさん」の姿が見えた瞬間は震えたし、『あの日』と同じようにカレーを食べて、そして『イチゴのショートケーキ』を一緒に食べながら感極まって泣くチェリーさんにわたしも顔面大洪水。
松本死刑囚が松本さんとして無罪放免されたことはおそらくものすごい騒ぎになったことでしょうが、その騒動、そこに至る経緯は一切描かずただ「おじさんと一緒にカレーとケーキを食べるチェリーさん」の姿を見せるにとどめたところが作品として最高に素敵だし、二人にこんなにも穏やかな時間が訪れたことが嬉しくてたまらない。

そしてその背景には浅川恵那と岸本拓朗が動いたことによって得られた少なくない人たちの協力であり思いがある。
「おじさんの冤罪について調べて欲しい」というチェリーさんの願いから始まった物語としては満点の結末だと言っていいだろう。

でもその一方で、本城彰を逮捕させること、本城彰に関する報道を一切邪魔しないこと、今後「八頭尾山連続殺人事件」についての捜査に圧力をかけないこと(その結果松本死刑囚が冤罪であると認められた暁にはその妨害をしないこと)と引き換えに、『大門亨の告発』は表に出ることはなかった。少なくともドラマの最終回時点では、大門雄二はまだ副総理という地位にある。

大門副総理を囲む記者たちのなかにいる笹岡さんが秘書が起こしたレイプ事件の揉み消しについて必死に喰らいついてそれを追求していることだし、闇に葬られたわけではなさそうだけど、でもどうなのかな・・・この作品の下敷きになっているであろうあれやこれやの「現実」を思うに、疑惑がなくなることはないけれど疑惑の解明がされることはないのだろうなと、これだけの特大スキャンダルを抱えながらものうのうと生き永らえるのだろうと、わたしにはそう思えてなりません。
「時間をくれ。俺に力がついた時には必ず君に応える。良好的な方法を見つける」という斎藤を、文字通りの意味で“浅川恵那を護りたい”という思いがあるのかもしれないことはともかく“政治の世界に野心を燃やす男”として見るならばわたしは信じることができないもん。いずれきっと斎藤もまた「力」に呑み込まれてしまうのだろうと。

でもそれはまさに前回を終えたところで大門の悪事を暴くことができたとしてもそれでは終わらない話になってしまったと思ったことなんだよね。斎藤が恵那に語った「君が切っていいカードじゃない」ってのはつまりそういうことなわけで。
だから浅川恵那は判断した。お互い最善ではないカードを切ろうとしている状況で、最優先すべきなのは松本死刑囚が冤罪であることを認めさせることであり、そのためにはここで「取引」をすることがベターであると。
自分にできることはここで取引することで松本さんの自由を勝ち取ることであり、その判断ができたのは正義のバトンを受け取ってくれるであろう笹岡さん、ひいては追随するマスコミの力を「信じた」からだろう。
そして浅川に「信じられる存在」こそが希望であるのだと教えたのは大門亨であり岸本拓朗であると。

とはいえ、そのために大門亨の死に報いることができなかったこと、レイプ被害者もその遺族も救われることがなかったことそれ自体は苦いものが残るし、なんなら憤りすら感じるけど、それでもこの落としどころはベストと言っていいと思う。わたしが感じるこの「憤り」こそがこの作品の肝だったんじゃないかと思うので。


エンドロールのラストカット、本編では牛丼屋の入り口が開く音がして、恵那と岸本が入り口に目を向ける→満面の笑顔になる二人 まで見せておいて、最後の最後にスリーショットで終わるってのが最高オブ最高なんだけど、序盤は水しか飲めず吐くことを繰り返してたのに牛丼の大盛りを頬張る恵那もだけど、まさかここに村井さんがいるだなんて開始当初のクソ野郎っぷりを思い出すとびっくりだよねw。
終盤は完全に「俺たちのヒーロー」状態だったけど、でもこの人セクハラパワハラ野郎なんだよね。たぶん「そこんところ」は今も変わってないと思う。
でも「STOPパワハラ」という意識は一応あるんだろう。すくなくともステッカー貼るぐらいには。
村井さんも恵那も岸本もダメなところを抱えながら、挫折と復活を繰り返しながらこれからも「真実をまっすぐに(見る)」ために努力をし続けていくのだろう。
それは「信じられる」し、そこに希望があると信じたい。


今年の連ドラを〆るにふさわしい、見応え充分の作品でした。こういうドラマを作ろうとする人たちがいるのだと、こういうドラマを作る力がまだテレビ(連ドラ)にはあるのだと、それがわかったこと、それを証明してくれたことはドラマ好きにとってなによりの喜びです。