『おんな城主 直虎』第2回「崖っぷちの姫」

後に豪商となって直虎を支えてくれるムロツヨシが幼いおとわと出会うシーンは必要不可欠として、そこでムロツヨシをはっきり「解死人」であると描いたこと。おとわにそれを聞かせたこと。さすがに状況・存在価値は違えど二人は自らの意志に関係なく身柄を政治に使われる「人質要員」であることをしっかり描いたことは好印象。そういう立場であることを聞かされたおとわは全然わからずポカン状態だったし、言ってるムロツヨシも目の前にいる小さな姫様がお家存続のために使われる駒であるだなんて知る由もない。きっとこの先も二人がそれを自覚することはないのでしょうが、理解してる視聴者にとってはここで出会った二人のこれからの関係に必然性というか、ドラマ的表現をすると運命を見出すことができるだろうわけで、コメディタッチの演出がどれだけあろうがこういう描写を重ねていけば地に足がついてる(印象を受ける)作品になるんじゃないかな。
で。
父上のことは恨んでも鶴のことは恨まない。鶴はなにも悪くない。そう言ってくれた次の瞬間「で、お前との夫婦約束をどうやって反故にすればいいと思う?」って・・・・・・おとわさんマジ鬼すぎる・・・・・・。
これ、わたしにはおとわは亀のことを恋愛感情としての好きではないというか、好きは好きなんだろうけどそういう意味では亀と鶴どちらも好きだしどちらのほうがより好きだということではないだろうと、じゃあなんでおとわがここまで亀に拘るのかと言えば、それは亀と『約束』したからなのではないか、と思えるのよね。一方父親に突っ込まれたぐらいだから鶴ちゃんのおとわへの気持ちは恋愛感情としての「好き」なのだろう。
鶴ちゃん的にはおとわが亀のことを好きだから自分と夫婦約束はできないってんなら心変わりを待つ、という選択肢もあり得るんじゃないかと思うの。人の気持ちは不変じゃない。だから亀よりも自分のことをより好きになってもらえるよう努力をするってな道もあると、鶴ちゃんならそう考えるかもしれないと。
でもたぶんそうではない。おとわが守りたいと、守らねばならないと思っているのは亀との約束なわけで、それは気持ちの問題ではないんだよね。亀が生きている限りおとわがそれを破ることはないと、鶴ちゃんはわかってしまうのだろう。
そして聡明な鶴ちゃんは既に“政治”を理解しつつあるわけで、おとわがいくら亀との約束を守ろうとしても自分でなければ弟と、おとわは夫婦約束をしなければならないであろうこともわかってるんじゃないかな。
鶴ちゃんって今何歳よ!?まだ10歳かそこら(の設定)だろうに、なんでこんなもの背負わなきゃならないのかと。なんでこんな想いをしなきゃならないのかと。
おとわは亀が可哀想って号泣したけど、鶴ちゃんだって可哀想じゃないかー!!。
でもこんな経験をした、し続けるであろう鶴ちゃんが高橋一生になるのはものすっっっっっっっっっっっっっっっっっっごい納得だしときめきますっ!!!!!。


次回はいよいよ今川が本格登場かー。こわいよー。

『A LIFE〜愛しき人〜』

とりあえず、「大門未知子呼んできてー」と思ったよね。
院長もその娘も大門ならサクっと切って治してくれるだろうにと。
だって爽快感皆無なんだもん。この枠にしてもキムタクのドラマとしても、求められてるのってそれじゃないの?。優秀だけど学閥からはじかれた(おそらく金銭的な事情で私立の医大には行けなかったんでしょ?)若き外科医がアメリカで手術の腕を磨きその実力を引っ提げて凱旋帰国して、一旦は成功したかと思われた手術が失敗して誰もが諦めモードの中一人だけ諦めず、見事リベンジ果たしてキムタクすげー!でいいだろうになんでこんな揃いも揃って辛気臭いの?。総合病院を舞台に情念と欲望が渦巻くドロドロドラマならそれでもいいけど、それなら主演は違う役者でやってくれって話なんだけど。
だってね、間にいる竹内結子の存在含めキム様と浅野忠信の関係性はありがちだけどいいと思うの。日本の医療界を華麗に泳ぐミッチーとアメリカで腕一本で勝負してきたキム様の間で揺れ動く松ケンってのもいいと思うの。でもそれは浅野忠信視点、松ケン視点で見た場合の話であって、肝心の木村拓哉木村拓哉である必要性がないんだよ。
大門未知子呼んできてーって書いたけど、米倉涼子の大門未知子にキャラとして真っ向勝負を挑めるとしたら、それは木村拓哉以外にいないだろうわけでさ、木村拓哉が演じるアメリカ帰りの凄腕ドクターだったら、木村拓哉ならそれを成立させれらるだろうわけでさ、だからそういうんでいいとわたしは思う。ベルギー王室関係者の手術をしてニュースになるとかそういうノリでいいんだって。
“純粋にドラマを愉しむ”という気持ち、わたしのなかにそういうもの以外の感情があるであろうことは否定できません。そういう邪念?があることを認めた上で、これ主人公パート(主人公の存在、目線)がいちばんつまんないってか魅力なくね?としか思えなくって、それがすごく悲しい・・・・・・。わたしのなかにドス黒い何かが生成されていく・・・・・・。
それ抜きにしても日本でトップクラスの脳神経外科医である自分が手術できないならそれこそアメリカにでも行って手術受けさせればいいだろうに(義父は無理でも嫁のあの状態なら渡米ぐらいできるだろ)心臓外科が専門で脳は子供の手術しかしたことないという医者に手術を頼むのもそれを受けるのも理解できないし、父親が術後急変して正常な精神状態でなかったとしても「夫と娘と三人で幸せに暮らしてたし父と夫もなんだかんだで上手くいってたのにあなたが来たからおかしくなった」ってなヒロインの言い分とか意味わからなすぎるし、父親も娘も“日本の医者には治せない”ほどの難しい症状であることが次々発覚するとか(主人公がいなかったら二人とも死んでた(死ぬ)ってことでしょ?)、てか院長の手術は“その薬が使えるならミッチーでも可能だけど日本では認可されてない(のではないか?)”とか言ってたのはなんだったんだ?(結局その薬使って手術したんだよね?)とかさ、ドラマ(脚本)自体もネタドラマならともかくそうじゃないならお粗末すぎるし、なにもかもが噛みあってないという印象です。はーっ。