シアターコクーン・オンレパートリー2020『泣くロミオと怒るジュリエット』@シアターコクーン

わたしはオールメール蜷川幸雄の人間であり、ロミオとジュリエットが嫌いな人間でもあるのですが、『ジュリエット役・柄本時生』このあまりにもあまりなパワーワードにはどうしても抗うことが出来ず、ていうかめちゃめちゃ楽しみにしてましたw。
脚本で参加された映画は何本か見ているものの鄭義信さんが演出する舞台は観たことがなく、純愛物語の王道である「ロミオとジュリエット」の背後にあるものを『戦後の混乱期を駆け抜けた愚連隊の若者たちに置き換えて』←ここは理解できるものの『さらに自分の得意な関西弁地域に場を設定し』←ここがまったくわからず(なんでそうなる!?という意味で)不安がないわけではありませんでしたが、ロミオとジュリエットの話が好きではないぶんそれぐらいぶっ飛んだ改変をしてくれたほうが気持ち的に楽しめるのではないか、という期待は見事大正解でした。

いやあ、時生ジュリエットすごかったー(笑)。
たぶん世界でもこの作品だけなんじゃないかと思うのですが、ジュリエットが『誰もが認めるブス』なんですよ。そしてロミオは『どもり』。もうこの時点でわたしの知ってるロミジュリではないわけで、いやでもロミジュリじゃん?と、ロミジュリを題材(下敷き)にしながらなんでブスとどもりなんかにする!?となるわけじゃないですか。すごい強引な掴みですよね。
だって幕が上がって最初に登場する『大荷物背負って髪の毛を二つ縛りにした女装姿の柄本時生』が「私、ジュリエットですー(けどなにか?)」って言うわけですよ。この瞬間なにかが崩壊するわけですよw。ロミオやジュリエットが関西弁喋ってることとかどうでもよくなるw。

とはいえ舞台は「ヴェローナ」で「モンタギュー」と「キャピュレット」の争いなんですけどね・・・。この作品ではモンタギューが「チンピラ」でキャピュレットが「ヤクザ」という設定になっていて(そういう台詞がある)、これははっきりと劇中で描かれてはいないもののキャピュレットは戦争帰りで構成されていて(それなりの年齢の者)、モンタギューは戦争孤児の集まりのように見えるのです。さらにモンタギューは「三国人」と蔑みを込めて呼ばれ、民族的に迫害されているという描写もあったりするので、ライバル家同士というロミジュリ本来の設定よりも争う理由として説得力が増してるものの、役名が「ロミオ」だの「ジュリエット」であることにはそこまでの引っかかりを覚えないものの(わりとそういうの慣れてる方ですし)、どっからどう見ても「バラックが立ち並ぶ戦後の日本」が舞台でヤクザとチンピラの抗争なのに「モンタギュー」に「キャピュレット」と言いあってんのにはちょっと笑ってしまった。
鄭さんが今回の座組をオールメールにしようと考えたのはコクーンで芸術監督を務めた蜷川さんへのリスペクトからということですが、それこそNINAGAWAマクベスの「コーダーの領主」はすんなりと受け入れられたのに対し、こちらの「ヴェローナ」「モンタギュー」「キャピュレット」には最後まで違和感というより「なんでやねん!w」というツッコミ感情が消えなかった。

それ以外は、ティボルトの内縁の妻ソフィアやキャピュレットの若頭ロベルト、カラスとスズメの警官コンビというこの作品オリジナルキャラ(ソフィアはジュリエットの乳母の改変なのかな?)を筆頭に、世界観を合わせるための改変や脚色の全てがわたしにとってはアタリでした。
何度も言うけどこの話ほんっと嫌いなんですよね。どこがといえばだいたい全部なんですが(どんだけ)、例えばロミオとジュリエットが「愛」に盛り上がる、燃え上がってしまうことも原作ではこのチンコ脳が!!としか思わんところがこの作品は心情的にわからんでもない、という程度には納得ができるものになっていたので。

ここで生きるのが「ロミオがどもり」「ジュリエットがブス」というトンデモ(と言ってしまおう)設定でして、どもりであることがその理由なのかははっきりしないものの(どもりを気にしているなら喋らずに済む仕事をすればいいだろうに、カストリ屋台とはいえ「客商売」でマキュ&ベンヴォの財布をやれるぐらいの稼ぎを得ているわけで、どもりがそこまでの「ハンデ」として描かれているようには見えなかったです)マキューシオとベンヴォーリオに比べればはるかにまっとうに生きていると思しきロミオは「明日への希望」を持てないというか、「明日に希望はあるのか?」という思いを抱えているのです(マキュ&ベンヴォも明日に希望など持ってはいないけど、マキュは「今日を生きる」ことしか考えてなくて、ベンヴォは「明日に希望などないことを知っている」という感じだった)。

三人で繰り出したダンスホールでマキュ&ベンヴォのように女と楽しく踊ることができないロミオはジュリエットと飲み物を引っ掛けてしまうというベタな出会いをし、初めて会ったロミオにジュリエットは男に貢いで捨てられた過去を話し、そんなジュリエットにロミオは「明日に希望はあると思うか?」と聞くのです。
ロミオの問いに「ある!」と力強く答えるジュリエット。どもりを揶揄う奴がいたならそいつが悪いと言い切るジュリエット。

その瞬間ジュリエットがロミオにとって「明日への希望」になったんだよね。姿形など関係なく、ジュリエットの中身、その人間性に一目ぼれしたんだよ。
それはブスであることで幸せを諦めかけていたジュリエットにとっても「希望」であった。こんな自分を「必要だ」と言ってくれる人は二度と現れないと、ジュリエットがそう思うことに納得できてしまうのです。
美男美女が一目ぼれしあう原作ではさっぱりわからない「ロミオでなくてはならない」「ジュリエットでなくてはならない」理由がこの作品では気持ちとして理解ができるものになっている。

そのあとティボルトとマキューシオがタイマン勝負することになり、ティボルトがマキューシオを殺し、ロミオがティボルトを殺してしまうという原作通りの展開になるのですが、そこでマキューシオの死よりもジュリエットへの愛のほうが「大事」なロミオを他の誰でもないベンヴォーリオが怒るのね。この改変がすばらしくよかった。ロミオのチンコ脳を劇中で「お前最低だな」とはっきり明言するロミオとジュリエットってわたし初めて見ましたが、この瞬間ベンヴォに「それな!!!!!」と握手求めたくなったもん。

でね、この作品のベンヴォーリオはね、たぶんロミオのことが「好き」なんですよ。はっきりと言ったわけではないけど、マキューシオに「彼女いるのか?」と聞かれ「好きな人はいる」と、でも恋人とかじゃなく「ただそばにいるだけでいい」と答えてて、それはロミオのことだと思うの。

殺されたマキューシオを雨の中ティボルトの死体とともに置き去りにするしかなかったベンヴォーリオはその夜「ずっと泣き続けてた」と言い、別々に逃げたロミオもまた同じだろうと、お前もマキューシオのために泣いてたんだよなと、あたりまえにそう思ってたというのに、実際はジュリエットのところに行ってたと、そしてやることやりましたと、そんなことを聞かされたもんだから激昂するんだけど、そこには友情だけではない恋愛感情としての裏切られた感があった。

そしてこのベンヴォ→ロミオという感情が活きるのはこのあと。この作品で「ロミオの死(に続くジュリエットの死)」の引き金を引くのはベンヴォーリオなんです。

この作品では戦時中特攻の手先として三国人でありながら三国人を売っていた過去を持つ医者という設定のローレンス(演じるのは段田安則さん)とジュリエットの計画を知ったベンヴォーリオはロミオ宛の手紙を預かるとともにローレンスの鞄から毒薬を盗む。そして成人向け映画館で働いている(妙に拘りが感じられる設定とセットであったw)ロミオを訪ね、ジュリエットが死んだことを伝え、“自分で使うつもり”の毒薬をロミオに「やるよ」と言うのです。

ジュリエットの死と毒薬。

それはロミオの裏切りに対するベンヴォーリオの復讐なのだろうけど、マキューシオの死に対する怒りだけではそこまではしないだろうとわたしは思うので。

自分は死ぬつもりなんかない、なのにお前は「お前を殺すために用意した毒を当たり前に受け取るんだな」と泣きそうな顔で笑うベンヴォーリオは、ローレンスがロミオに宛てた手紙を燃やしながら「だが俺は死なない。この黒い雨が降る灰色の世界がこの先どうなるか見続けてやる」と決意する。このあとロミオが死ぬことをわかりながら。

この改変、まーーーーーーーーーーーーーーじで最高。からのラストシーン(後述します)マジマジ最高。
わたし橋本淳くんのベンヴォーリオを見てみたいと思ってて(ロミジュリは嫌いだけどあっちゃんのベンヴォーリオが見たいという思いは別モノなの)、ようやっと念願叶ったとは思えどでもこれかあ・・・と、時生がジュリエットの作品かあ・・・と、諸手を挙げてイヤッホイ!とはならなかったのですが、観終えた瞬間鄭さんに土下座で感謝の勢いでした。わたしが今まで見てきたベンヴォーリオのなかで橋本淳のベンヴォーリオが一番好き!!!。歌とダンスも込みで!!!(笑)(すまん、ここはどうしても「(笑)」となるw)。


それから特に評価したい脚色として、ティボルトの戦争帰り設定とソフィアの存在を挙げたい。
前述の通りキャピュレットは「ヤクザ」で、でもティボルトはまだ盃を貰ってないからチンピラレベルではあるものの、演じるのが高橋努さんなのでまあ「大人」だよね。対して元木聖也くんのマキューシオは「ガキ」ですよ。キャピュレットとモンタギュー(の正式な構成員ではまだないもののほぼほぼ属してるってところ)ってだけで争う理由になるんだろうけど、それにしたってティボルトはガキ相手に大人げなくない?という感じが否めなかったんですよね。でも正式に盃を貰うことになり、その前に成り行きでマキューシオと「決闘」をすることになったティボルトがソフィアに語る「戦争でなにがあったか」話を聞くと、複雑な感情が見えてくるのです。
それは、

戦場で脚を負傷したティボルトは野外病院に送られたものの衛生兵替わりに使われ、そこで三国人の少年兵と出会う。やがて上層部は負傷兵を見捨てることにし、動けない者には特効薬と称して静脈に注射で空気を送りこんで殺せという指示を出す。そこでティボルトは自分を「兄さん」と呼び懐く少年兵に注射をすることになり、少年兵は自分が何をされるかわかったうえで穏やかに腕を出し、ティボルトは注射した

という話。

別にマキューシオにその少年の面影を重ねてるとかそういうことではないんだろうけど、これによりティボルトが「三国人」の「ガキ」に対して冷静ではいれらないことが腑に落ちるし、ソフィアに対して済まないと思う気持ちも愛情もあるんだろうけど、それでもマキューシオと「決着」をつけねばならないのであろうことも理解できるし、そして我を失いナイフを向けるロミオに対し自ら刺されにいくという(ロミオの手を持ってナイフを引き寄せたように見えた)ティボルトの最期も展開として納得できてしまう。
ティボルトという男に同情という感情を抱いたのは初めてだし、若者の愚かな狂騒としか思ってなかったロミオとジュリエットの物語にここまでの「心の痛み」を感じさせられるとは思わなかった。
このティボルトとソフィアを作りあげた高橋努さんと八嶋智人さんには拍手を送りたい。

(とか言いつつ。ティボルトとマキューシオのタイマンシーンはおそらくウエストサイドストーリーをイメージして作られたと思うのですが(同時期に上演されてるし)、わたしはテニミュに見えてしまった・・・。ティボルトとマキューシオを中心にしてそれぞれ5.6人が対峙し、一列にならんでポーズ決め合いながら「この町は俺たちのものだ」とか歌うんだけど、その歌詞と動き(ダンスレベル)と掛け合いの仕方が実にテニミュでなんかスマン・・・となった。
でも幕間で隣の席のお姉さんも開口一番「テニミュかと思ったww」って言ってたので少なくともわたしだけではなかったようですw)


そしてもうひとつ。モンタギューの息子でもなければキャピュレットの娘でもないロミオとジュリエットが死んだからといって両陣営が争いの鉾を収め反省するはずがないわけで、じゃあどうやって物語を終わらせるかと言えば、それまで存在感はあるものの登場人物の一人としてそこにいるだけだったみのすけさん演じるスズメという巡査が誰彼かまわず銃で皆殺しにする・・・というものでして、このスズメは福田天球さん演じるカラスの部下なのですが、カラスには「元特攻」という属性と、それによる見せ場があるのに対しスズメはなにもないんですよね。お調子者キャラでカラスと「いいコンビ」としての存在感はありますが、物語に直接関係するわけではないのでいなくても問題がないようなポジションなんです。
モンタギュー(ロミオ)にもキャピュレット(ジュリエット)にもなんら関係のない、言ってしまえば部外者が皆殺しで全てを終わらせる・・・というエンディングは蜷川版ロミオとジュリエットと同じで、「うわ!ロミジュリのオールメールで蜷川さんと同じことしおった!!」と、蜷川版で喰らった衝撃とはまた違う驚きがあったのですが、この作品はここでは終わらなかった。スズメが自らのこめかみを撃ち抜き全員が死んだあと、舞台後方の墓穴から白いタキシードとウエディングドレスに身を包んだロミオとジュリエットが登場するのです。
これには思わず「えええええ!!www」と、バカ展開来ちゃったwwwとズッコケそうになったんだけど、その背後に満面の笑みを浮かべたマキューシオとティボルトの姿が見えて、死んだはずの人たちもみんな笑ってて、赤い花びらが降りしきり、みんながロミオとジュリエットの結婚を祝福してるんですよ。そんななか舞台上手から黒一色+黒い傘を差したベンヴォーリオが現れて、そして最後にみんなで「結婚式の記念写真」を撮って終わるのです。
・・・なにこの狂ったエンディング・・・・・・。

ジュリエットの死体(だと思ってるけどほんとは生きてる)を見て、ロミオはこう言うんです。「俺たちの結婚、誰にも祝福してもらえなかったな」と。「だから俺が言ってやる、ご結婚おめでとうございます!!末永くお幸せに!!」と。この時のロミオの「祝福」がダラダラと長くてわたしは「もういいからお前はよ死ねよ」と思ってしまったのですが、あれはこのエンディングのためのものだったのだなとわかった瞬間、なるほど!となると共に“平和であればこうであったかもしれない”ものがすごく怖かった。悦びと祝福の笑顔が言葉選ばずに言うけど気持ち悪くて、「うわあ・・・・・・」というしかない後味でしたが、でもこの感じ嫌いじゃない。むしろ好き。


ってなわけで(これだけ長文感想書いたことからしておわかりでしょうがw)ロミオとジュリエットは大嫌いですが泣くロミオと怒るジュリエットはすこぶる面白かったです!。
それだけに、他の全ての作品ももちろんそうなんだけどこれは特に、特に千秋楽までやりきらせてあげたかったと思わずにはいられない。