『十二人の怒れる男』@博品館劇場

作品名は知っていましたが、映画も舞台も未見です。

ちょっとこれ!ストーリーめちゃめちゃ面白いな!!
法廷モノとしても推理モノとしてもすこぶる面白い!!
途中でトイレ休憩を2.3度挿入しつつほぼほぼワンシチュエーション会話劇で、その形式も大好物なのでとにかく面白かった。
父親殺しの罪に問われた少年の裁判で12人の陪審員が「全員一致」で有罪か無罪かの評決に至るまでの議論を描くという、ただそれだけのストーリーなんですが、舞台上から意識が逸れる瞬間皆無。
なるほど「名作」と言われるだけあるなと納得しまくり。

陪審員室に戻ってきたときは一人を除き全員「有罪」だと思っていたものが陪審員8番の「合理的な疑い」が残るという発言からその「疑い」を一つ一つ検証していくなかで、それぞれの出自がわかり、階級や立場による偏見や差別が浮き彫りになりつつ、ひとりまたひとりと「無罪」に変わっていく様を2時間半ほどの時間をかけて見せられるわけなんですが、そもそもが“スラム街”で起こった殺人だからとさして捜査に力を入れず“息子が犯人”だと決めつけてたところはあるだろうと(そこにも差別や偏見があるのだろうと)しても警察も検察も仕事しろとしか思えんし、なにより「やる気がなかったんだろう」と台詞として言ってはいるけど弁護士が無能すぎんだろって話でしかないんだけど、8番が提示する「合理的な疑い」が話し合いと検証によって解明され解消されるのがいちいちカタルシスなんですよ。

当初陪審員たちがほぼ全員「有罪」だと考えた理由であり、話し合いの鍵となるのは「2人の証言者による2つの証言」で、1人は殺しがあった部屋の階下に住む老人の「殺してやるという少年の叫び声が聞こえ、直後にドサッという(人が倒れた)音が聞こえたもんで部屋を出たらちょうど階段を駆け下りる少年を目撃した」というもので、もう1人は殺しがあった部屋と電車の高架線を挟んだ向かいのアパートの住人の「走る電車の窓越しに少年が父親にナイフを振り下ろす瞬間を見た」というものなんだけど、どちらも机上の空論ではなくはっきりと「目撃できたはずがない」となるその論旨に納得ができるんで、そりゃ「無罪」に手のひら返しするしかないよなとなるし、ロジックだけでも納得できるところに加えて差別するものとされるものの視点や感情も加わるわけで、脳みそフル回転。

最後まで「有罪」であることを主張し続けるのは陪審員3番と4番と10番なんだけど、“スラム街の住人”に対する差別発言で自爆する10番と、実は自分も息子に刺されたことがあって被告の少年に「息子」を重ねていたことが判明する3番に対し、冷静で理性的で知能も高い4番がなぜ「有罪」と言い続けているのかがわからなかったのはそれとして、その4番が「無罪」へと意見を変える理由が『寝てるときに眼鏡はかけない』という眼鏡装着者(12人のなかで4番だけが眼鏡を掛けてる)にはド直球の「当たり前」であることがシンプルすぎるがゆえに鮮烈で、カタルシス的にはこれが最も大きかった。

証人の女性が普段は眼鏡をかけているであろうことにこの瞬間まで誰も気づかなかったのは出廷するにあたり“容姿を少しでも良く見せたかったから眼鏡を外していたのだろう”と男たちは推測し納得するんだけど、そこで思うわけですよ、陪審員のなかに女性は一人もいないんだよなと。
作品が作られたのは1954年のアメリカだそうなので、そもそも女性は陪審員に選ばれることはなかったのかもしれないし、たまたまなのかもしれないけど、いずれにせよさまざまな「差別」を描くこの作品のなかに女性がいないこと、それ自体が特大の「差別」ではないかとなるところもそれをどう解釈するかという意味でも面白い。


そんな物語の中心を担うのは、まず合理的な疑いを提示する陪審員8番の和田琢磨さんで、8番と「敵対」する立場でタイトル通り『怒り』に火を点け燃料をジャンジャカ投下するの陪審員3番の中村梅雀さんと陪審員10番のモロ師岡さん。
このベテラン2人がまあすごい。この・・・言葉を選ばずに言うと「嫌な役」を1日2公演やる日があるとかマジかよ!?と、喉も体力もどんだけ強いんだよ!?と感嘆しきり。

ベテランとしてはもう1人、陪審員9番の佐藤B作さんがいて、この人は早々に「無罪」派となるのでおそらく年代・世代による偏見は(この作品のなかでは)描かれていないとしていいと思うんだけど、10番が9番を口汚く、暴言といっていいレベルの言葉で貶めようとすると小松準弥くん演じる陪審員6番が文字通り身体を張って割って入り「老人に敬意を払え!」と激怒するんですよね。
でもモロ師岡67歳で佐藤B作77歳なんですよ。10歳の年齢差はあるけど2人とも「高齢者」じゃないですか。なのに10番に対して「敬意を持った言い方をしろ!」と9番に言うわけで、いや9番だって老人なんだからお前も9番に対して敬意を持てよとなるわけで、だから脚本の年齢設定としては3番も10番も20歳ぐらいはマイナスなんじゃないかな。それをこの年齢でありながら熱量バリ高で演じるお二方がほんとうにすごかった。

そうそう、この流れで思い出したけど、小松準弥くんめちゃめちゃスタイルよくて驚いた。
だって相葉っちのスタイルが目立たない。相葉裕樹さん演じる陪審員4番はスーツスタイルなんだけど、この時代のスーツなんで身体のラインが目立たないんですよね。
対して小松くんはサスペンダーでパンツを釣ってるんで足長効果はあるにせよ、相葉っちと並んで相葉っちよりもスタイルが良く見える人が舞台上にいるのは初めてのことで、そこまで良スタイルという印象がなかったこともあってマジ驚いた。

ところで劇中で「暑くないんですか?」と聞かれて「暑くないし汗もかかない」と答えてたけど4番のこの設定はどんな意図があるのだろう。
陪審員たちの苛立ちであり怒りはこの部屋が「暑いから」という理由も少なからずあるんだけど、これだけ証言の信ぴょう性に疑いがあることが明らかになっても、野球の試合を見に行くことしか考えてなかった(評決なんてどっちだっていい)今江大地くん演じる陪審員7番でさえ「無罪」だと自分の意思で言うほどにまで解明されたというのに、それでも「有罪」と言い続ける理由と共に4番の『人間像』が最後までわからなかった。
そんな4番だからこそ「眼鏡痕」で「無罪」に転じるカタルシスがでかかったわけで、そのための「わからなさ」ということなのかな。