やっぱり“城に入ったら既に女子供まで自害してて、逆らえばこうなると見せしめにするために遺体を利用すべきと半兵衛に言われて磔にしました”ってなことだったし、断腸の思いで尼子を見捨てたことを引きずるのもこのドラマの秀吉らしいとは思うけど、初回の「一番怖いのは兄者だ」という小一郎はなんだったんだろうなーとも思う。
とか思ってたら、は?記憶喪失?
突如尼子勝久が謡い始めて、それに乗っかる山中幸盛は嬉しいサプライズだったけど、尼子を見捨てた悪夢に苦しみ軒先から落ちて頭打って記憶が無くなった殿をもとの殿に戻そうと小一郎以下家臣たちが「殿との出会い」をコントで再現し、実はカーチャンの飯くったら記憶が戻ってましたで尼子の件は「乗り越えました」って、さすがにこれは面白かったとは言えんぞ。
おかゆの描写で「そういうこともありました」ということはわかるけど、辛すぎて記憶を失うほど(いや寝ぼけて転げ落ちて頭打ったからだけど)藤吉郎にとって尼子を見捨てたことが辛いんですと言うならば、尼子(との関係性)について前もって描いておくことはできませんかね?。
「歴史」として知ってはいてもドラマとしては初めて見る人物を見捨てて記憶喪失になりましたとか言われても気持ち的についていけるわけないだろ。
しかも秀吉の記憶喪失などというクソコントやってる裏でシレッと荒木村重の裏切りをお膳立てしたのは毛利と繋がってた高山右近と中川清秀などとやってるし(そこに作劇のビジョンが見えるならいいんだけど“この荒木村重”に信長を裏切らせるための人員配置でしかないのが明白)、さすがに何やってんのこの大河と言うしかなくなってきた。