蔦重の「コミュ力」はカーチャンの血(カーチャン譲り)なのか。
って蔦重母親おんのかい!!おるどころかぱっと見で母親だとわかるんかい!!。
赤子の状態で駿河屋のおやじ様に拾われて、母親の生死は不明だとばかり思ってたんで、ひと目で即座に母親だと判別ができるどころか「他人の懐に入り込むのが上手い」と人となりまで“理解”してるとはたまげたぜ。
そしてタイトルの「三人の女」がカーチャンとていと歌麿のことだとは・・・。
蔦重に「おめえは俺の弟」と言われるたびにどれほど心が苦しくなっただろうかと、蔦重が名実ともに「夫婦」になった隣で「良かったね蔦重」と微笑みながら涙を流す歌麿が切なすぎて・・・。
蔦重に罪はないんだけど(いやないともいいきれないとわたしは思うが)それでもわたしのなかの蔦重株はさらに下がった。
一方雲助こと田沼意知は佐野政言だけでなく松前廣年との間にも因縁フラグおっ立てるけど、結局えなりかずきの松前道廣と生田斗真の一橋治済のほうが策略・謀略では「上手だった」ってことになるのかな。
昔も今も米は高いし権力を持つ悪人はいくらでも悪巧みを思いつくものなのだな。