『星降る夜に』『夕暮れに、手をつなぐ』

この先も感想を書くことがあれば別個にするけど、初回はあえて2作品まとめての感想としたい(そのために苦手な恋愛ドラマを2本続けて見た)。
なぜならば、これ大石静北川悦吏子の戦いではなく2作共に「対silent」の図式だよなと思ったから。
大石静作「星降る夜に」は聴覚障がい者との恋愛、北川悦吏子作「夕暮れに、手を繋ぐ」はジャニーズの若手演技班がヒロインの相手役(ターゲット層がモロ被り)というそれぞれの共通点があるというのがその理由。
で、わたしは「silent」を特に評価してはいませんが若者に「刺さった」らしいことは納得していて、それで言うと両作品とも若者に刺さりはしないだろうな・・・というのが初回を見た感想です。

まあ前者は若者をターゲットにしてはいないだろうけど。それだったらおディーン様の役は普通に20代の新人研修医にして若手イケメンにでも演じさせるだろうからね(ああでもここ三角関係になるってどこかで見かけた覚えがあるから、そうすると年下男二人の間で揺れる吉高ちゃんという図になるのか。それはあまりよろしくないな)。
一方後者は前述した通りsilentとターゲット層がバッティングしてるけど、ヒロインが高級ホテルのベランダから「空豆!」って自己紹介するとか刺さんねーだろうな感が凄まじい。

初対面の女性にカメラを向け、嫌がってもなお向け、その女性のソロキャンテントにずかずかと入り込み、挙句キスする「年下の男」とか、
噴水に顔面つっこんで顔を洗い、噴水でびしょ濡れになるも「乾くから」で済ませ、でもやっぱりドンキで服を買うんだけど所持金がないから大東京パーカー着て男と待ち合わせる「ヒロイン」とか、
こういうトンデモキャラでしか物語を作れないのがズバリ言っちゃうけど「一昔前の脚本家」なのかなーと、そう思ってしまったよね。

ソロキャンプで一切口を利かない男がそこにいるのにゲロ吐くまで呑む女とか、葬儀の最中に文字でしか説明ができないスタッフに遺品を届けさせるとか、わざわざ「お前のキス大したことねーなの手話」を調べるとか、靴を片方なくしておんぶとか、サウナでのぼせた客を「帰りたくないっていうからしばらくウチに泊める」銭湯店主とか、年頃の男が下宿しているというのに年頃の娘を招き入れる大家とか、偶然出会って偶然再会してあれやこれやあってもう二度と会わないつもりで別れたんだけど同居することになるってんで「なんでお前が!?」な男女とか、そういう突飛な設定・展開がsilentのあとでは「古臭い」と言わざるを得ないだろう。

星降る~は孤独死した母親のことを「さびしかった」と決めつけるのはどうかと思うと“母親の遺品”を見せ、母親が楽しく人生を生きていたことを娘が理解するシーンがとてもよかったし、夕暮れ~は翔太の恋人と会ってトドメさされてオレンジジュースを奢ってもらって、夕暮れのなかその空き缶をゴミ箱に投げ入れる映像がとても綺麗だっただけに、どちらもなぜこのセンでドラマ作りをしないのだろうかと真面目に疑問。

つーか夕暮れ~のED、ダンスしちゃうかーと始まった瞬間は思ったんだけど、広瀬すずが超絶可愛すぎてこの子に一人称「オイ」の野生児キャラをやらせようと思う気が知れません。