『仮面ライダービルド』第39話「ジーニアスは止まらない」

特撮における裸包帯は満塁サヨナラホームランレベルでガッツポーズする大好物であるはずなのに、あれあれ?幻徳の裸包帯にはピクリとも反応しないよ?。
前回幻徳を通じての内海からの協力依頼を断ったくせに「心配して見に来てみたらこのザマかよ」といいつついつの間にか拾ってるスチームガンで「ずらかるぞ」ってなんだよカシラってばただのツンデレかよ。
そんなカシラは万丈にいきなり殴りかかるという強硬手段でボトル握った素手のガチ殴り合いの末「今ので相当ハザードレベル上がっただろ」ってやだもうほんとカッコいい。
でも・・・え?今更こんなことでハザードレベルが『相当』上がるの・・・・・・?。
そんで俺が暴走したらお前が止めてくれとか何度目だよ・・・ですが、万丈とカシラの関係性は戦兎のソレとは違って爽やかで(戦兎とは濃すぎるってかもはや共依存の域に思える)いいですな!。
でもやっぱり戦兎が復活してくれて「おせーよ」って目元を腕で隠して言う万丈にはときめいちゃうの。はー、やっぱり濃いわあ。
それはそうと、葛城と戦兎のまるで人格統合のような描写はこれでいいの?。主人公が消えるわけにはいかないから葛城巧ではなく桐生戦兎として戦うことを葛城巧自身が認めることになるんだとしても、周りの人間に葛城巧を否定されたまんまってなんだかひどく歪んでる気がしてならないんだけど。
桐生戦兎の「戦う理由(気持ち)」ってのは葛城巧の最も純粋な部分を抽出したんだとわたしは思うんだよね。万丈と出会った当初から戦兎が口にしていた「ヒーローとはなんぞや」ってやつ、これは元々葛城巧の中にあったものだと思うの。だから葛城巧は桐生戦兎と『別人格』ではないんだよ。桐生戦兎も葛城巧の一部なんだよ。繰り返すけど葛城巧ではなく桐生戦兎になることは葛城巧自身の意志だからいいとして(葛城の記憶が戦兎の中にあることは変身ポーズで明らかだし)、それを万丈や美空が全く理解してないっぽいことが引っ掛かるというか、葛城巧が気の毒すぎて。
そして内海が騙しているのはエボルトではなく自分自身を、なのか。
演技力に難があるから無理して高笑いさせないほうがいいのではないか?と思っていたのですが、高笑い仮面をつけねばやってられないと、必死で狂おうとしてるが故のハイテンションだと思うと哀れだし愚かだしで切ない。