川瀬 七緒『テーラー伊三郎』

川瀬さんはなぜにこうまで魅力的すぎる老人を描けるのだろうか。
福島の田舎町にある商店街が舞台。とある紳士服店の店先にある日突然ガチもんのコルセットが展示される。それを通学途中の男子高校生が目にする。コルセットを作る伊三郎と 母親の影響でその知識と興味がある海色(と書いてアクアマリンと読む)が出会い、革命が始まる・・・ってな作品で、メインストーリーは妻を失くした老店主が妻のためにコルセットを作り、それに魅せられた男子高校生と独自の世界観に生きる女子高校生とともに革命と称して古い紳士服店をコルセットを中心とする物語を提供するコンセプトショップに生まれ変わらせ、さらにそれを世界に向け発信することで店に、そして街に人を呼ぶというものなので、町おこし小説と言っていいと思います(なのでミステリー要素は皆無です)。
でもそんじょそこいらの町おこし小説と違うのは、やってる当人たちに「町おこし」という目的は全くないことにある。彼らは『自分たちの作りたいもの伝えたいものやりたいこと』を実現すべくやってるだけであって、町おこしどころか商店街を敵に回しますから。孤立無援の状態から始まった革命が、じわじわと協力者・賛同者を増やし、形になっていき、やがてそれが街を動かす本物の革命となるのですが、その間一度も「町のため」などという言葉は出ません。あくまでも自分たちがやりたいことをやろうとしてるだけなんです。
そしてもうひとつ、アクアには突飛な設定がついているのですが、それは母親がポルノ漫画家であるというもの。これがいろいろと騒動を巻き起こすのですが、ここにどうしようもない『現実』があるんです。店づくりのほうはわりととんとん拍子に進んでいくので言ってしまえば夢物語のようなものかもしれない。でもそこに立ちはだかる問題として、アクアの家庭環境を理由に行政という現実を噛ませたこと。その人にとっては正義なんだろうけどそれを向けられる者からすれば悪意でしかないという存在を用意したこと。そのおかげで夢物語が夢物語ではなくなるんです。こういうところ、川瀬さんはほんとに巧い。現実という要素の取り入れ方が絶妙なんだよね。そしてそれについては安易な解決を用意しない。現実は現実としてまだそこにあって、でも希望がないわけじゃない・・・というこのさじ加減がすごく好み。
ていうかもう伊三郎さんを筆頭に老人たちがみんなカッコいいわ素敵だわで、最高すぎる!。悪役ポジションのひとたちも悪役としてしっかり存在してるし、胸糞悪いところも含めて楽しめました。
これ実写化あるかなー。その際はなにげにいい仕事してるアクアの担任教師は高橋一生でお願いします。