柚月 裕子『盤上の向日葵』

盤上の向日葵

盤上の向日葵

大宮の小さな山で白骨化した男性の遺体が発見されるが、抱きかかえるようにして遺体と共に埋められていたのは数百万の値が付く超一流品の将棋の駒だった。
あえてこう表現しますが「たったこれだけ」の事件をこうまで骨太の物語にできるとか、ほんっっっっとに柚月さんは凄いな。かつて奨励会に所属していたがプロにはなれず挫折した過去を持つ刑事が癖のある年上の上司と共に「駒」の線から独自の捜査を行うというのが本筋で、それに並行する形で異例のルートでプロになった異色の棋士の人生が描かれるという構成なのですが、将棋のことは全く分からない(あ、でも佐藤天彦名人は好き。キャラクター性が好きです)私ですら、分からないなりに引きこむ筆力にはとにかく感嘆。
繰り返しますが私にあるのは佐藤名人の面白情報と三月のライオンで得た知識程度なので作中で描かれる勝負の内容はさっぱり分かりませんし、将棋に命を賭ける人間の想いも、将棋を諦めるしかなかった人間の想いも、想像はできても理解することはできません。正直に言うとこれが「将棋」である必要性もわからないぐらいです(将棋を別のものに置き換えても成立するんじゃないの?と)。
でもなんかそういうんじゃないんですよ。そういうことはどうでもいいんです。ひとりの人間が将棋を通じて人と出会い、生きて死ぬ。そこには特殊な生い立ちもあったりするんだけど、ただそれだけのシンプルな物語にとにかく引き込まれる。タイトルの「向日葵」はゴッホの絵のこと(そこから派生するイメージ)で、云わんとしてることは分かる気がするけど効果としてはどうかなー?と思いながら読み進めていましたが、ラストの1ページでストンと納得。余韻と余白を残しつつもキレのある終わりまでキッチリお見事。