桐野 夏生『猿の見る夢』

猿の見る夢

猿の見る夢

銀行からファストファッション会社に出向し役員をやってる60間際の男という桐野作品にあるまじき(と言ってしまおう)主人公像に最初は戸惑いを覚えながら読み始めましたが、主人公の言動・思考にキレがなく、女の目からみた男ではなく「男」そのものを描くのはやっぱり勝手が違うのかなぁ・・・と思う一方で、主人公の妻・愛人・妹・部下といった「女」たちがやはり黒い。どいつもこいつもエゴい。
とくれば、見せ方を変えただけでいつもの桐野作品だろうと思いきや、今作には妻経由で主人公の心をかき回す謎の女占い師がいて、この女の存在がその「いつもの感じ」とはちょっと違う不気味さを醸し出していて、加えてどこかファンタジックな感じもあるのです。
で、多分そのファンタジー性は主人公が「男」であることに起因してるんじゃないかなぁ?。この本の中で女が信じるのは占い師の“お告げ”そのものであって、極論を言えば占い師がどんな人間であるかはどうでもいい。南青山に豪邸があって箱根に別荘も持ってるという話はするけど、それは噂話の範疇であって豪邸に住んでるから信用できるといったものではなくて、でも主人公=男は占い師の社会性に信用を求めるんですよね。社会的に信用が置ける人間であるかどうか、まずはそこが大事で、でも信用できないからといってお告げそのものも無視できない。無視したつもりでもふとしたことでお告げが頭をよぎる。その割り切れなさ、割り切ってるつもりで割り切ってない感じ、それが女占い師の不気味さでありファンタジーな立ち位置に繋がってるんじゃないかなーと。このぼんやりとした後味はこれまでの桐野作品にはない感じで、妻でも愛人でも女たちの誰かが主人公であったならばもっと黒くて空恐ろしいものになったであろうことを思うと確かに新境地と言えるかな。