東野 圭吾『人魚の眠る家』

人魚の眠る家

人魚の眠る家

それが主題ではないけれど、「人の命はお金で買える」という印象しか残らないなぁ。
小児の臓器移植について法的なこともそうだけど「心理的」なハードルという壁があって、それは作中でも言及されているけど当事者になってみなけりゃわからないってのが正直なところだよね。平時であれば誰かの命を救うことができるのならば、誰かの中で生き続けてくれるのならば・・・と考えられたとしても、いざ脳死と言われ臓器を提供する意志があるかと聞かれたら、断ってしまうかもしれない。それは仕方のないことだと思う。
この作品では水の事故で脳死状態に陥った少女を科学と金の力を使って肉体を生かし続ける両親を軸として、それに様々な形で関わる人間たちのそれぞれの立場での心情が描かれますが、そもそもがお金があるからこその話としか思えなかった。逆の立場というとちょっと違うんだけど、国内では移植を受けられず海外での手術のために2億を超える募金を集める話もあって、その中で“お金で命を買うこと”について意見が交わされ、そこでなんとなく納得じゃないけど、手段としてひとつの理解を示すことができたのに、そのくせ最後には“運”で助かっちゃう子供が出てきてちょっといい話っぽく終わらせるのもなんか厭。