中山 七里『アポロンの嘲笑』

アポロンの嘲笑

アポロンの嘲笑

作中で明確に「震災」という言葉が使われずとも東日本大震災後に刊行された作品の多くにその影があり、人それぞれ程度差はあれど日本国民全ての価値観が変わってしまった出来事であるわけだからそれは当然といえば当然のことなんだけど、でもそれを・・・これは不謹慎というか不適切というか、発言としてよろしくないであろうことをわかってる上で書きますが、震災を作品として料理してみせた作品ってのはまだそう多くはありません。震災の影響によって何かが起こったり変わったりすることで物語が始まったり動いたりする作品は沢山あったけど、震災があったからこそその物語が出来たのだとしてもあえてそういう描き方をしたのかもしれないにせよ、でもそれは必ずしも震災である必要はないよねってな作品が多いように思うのです。私が読んだ限りでは、ですが。
そんな中、この作品は震災、もっといってしまえば被災した福島第一原子力発電所そのものを舞台として描きながら、しっかりとしたエンターテイメント作品になっている。物語の始まりも震災直後でなければ起こりえなかったシチュエーションだし、殺人を犯しながら何らかの目的のために逃亡する男もそれを追う刑事も、どちらにもしっかり震災と原発を必要不可欠な要素として背負わせていて、でも半ノンフィクションにはならずちゃんと小説として楽しめるものになっている。護りたい人のために命をかける若者と、それを助けるカッコいい公僕が日本を救う物語なんてものをこうまでリアルに想像できてしまうのは震災があったから。それがいいことなのかそうではないのか分からないし、もしかしたら楽しんでしまうのはまだ早いのかもしれません。でも面白かった。