『すべてがFになる』

キービジュで眼鏡かけてなかった時点でわたしの犀川先生じゃないことはわかりきっていたので別物のつもりで見ましたが、どうしても許せなかったことがひとつ。
犀川先生のパソコンなんでMacじゃねーんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
犀川先生が感情を表面に出しすぎってか人間が軽いのも萌絵に品がないのもロングヘアなのもスカート穿いてるのも喜多先生がもさいオッサンなのにこれで犀川綾野くんと同級生かつイケメン設定なのもなにこのチャーミングすぎる鵜飼さん・・・・・・もドラマだからってことで諦めるにしても、Macじゃないってどういうことなのよと。犀川先生にタバコ吸わせられないのは時代的にわからんでもないですよ。萌絵の車が違うのもスポンサーとかいろいろあるんでしょうよ。でもMacを用意しない理由はわからない。もしかしたらここにもスポンサーとかそういう大人の事情的なものが関係してるのかもだけど、でもここは譲っちゃいけないポイントだろうが。役者がイメージと違う上にそれをカバーする演技力にも期待できないならばせめて舞台装置だけでも作り上げてくれよと。かと思えば極地研の再現度はなかなかなのよね・・・。チープではあったけどこれだけは見ることができて良かったと言える。いっそ全部だめならいいのにこれができてなぜ肝心の研究室をイメージ通りに作れないのかと。
あと「真賀田四季」のアクセントがものすごく違和感なんだけど。これはまぁ「音」として聞いたわけではなく読みながら自分の脳内で音に変換したというだけなんで『違う』というつもりはないんだけど、真賀田の“ま”にアクセントがあると思ってたのが“ま→が→た”だったのはともかくとしても四季は“し”にアクセントじゃないかなぁ?。
とまぁさして思い入れがあるわけでもないわたしですら違う違う違う!のオンパレードだったけど、そもそも全員携帯持ってるのが当たり前だしイマドキ研究室のセキュリティがあんなに甘いわけがないだろってなわけで時代が違うというか世界観が違うというか、そういうことなんですよね。綾野くんはいつもの綾野くんだし、鋼太郎さんも観なければならないような役ではないし、鵜飼さんではない刑事・戸次だけは心残りではあるけれど、精神衛生のためにももう見なくていいかな・・・。