中村 航『トリガール!』

トリガール!

トリガール!

突然ですが、私“箱根駅伝への道”が大好きなんです。箱根駅伝そのものも好きだけど、箱根を本番とするならば箱根への道はその過程、本番の舞台に立つために彼らが流した血と汗と涙と友情のドラマを見せる番組で、その青春ストーリーが大好物なのです。同様にもうひとつ大好きなのが“鳥人間コンテスト”で、これはその鳥人間コンテストパイロットとして挑む女子とその仲間たちの物語です。
大好きな中村航が大好きな鳥人間コンテスト物語を描く。私にとってこれ以上の『鉄板』はないわけですが、泣いた。ああ泣いたさ。
なにからなにまで青春すぎる。箱根が本番なら箱根への道はその過程と前述しましたが、同じようなことが作中で語られてて、でもそこでコンテストというたった一度の“本番”で飛ぶためだけに必死でトレーニングを重ねる主人公は準備期間からもうフライトは始まってる、つまり今この瞬間も過程ではなく本番なんだと言うのだけど、主人公のその言葉に作中では直接描かれない100人以上の部員たちの姿が見えるんだよね。そこにグッとくる。
1機の飛行機を作るためにたくさんの部門があってそこに大勢の学生たちが所属しそれぞれ必死で努力を重ねてる。その“努力”はそこまで詳細にこの物語の中では描かれていません。だけど彼らの存在ははっきりと感じられる。これをスポ根モノとして語るのはちょっと違うかもしれませんが、まぁ語っちゃうけどスポ根モノの青春群像劇ってのはたとえば大会での勝利とかなんらかの目標・目的が物語の頂点として設定されていて、そこにページが割かれることが多いと思うのですが、これはそうでもない。もちろんコンテスト当日の模様はクライマックス、特に「先輩」にとってはマジ本番マジクライマックスだったりするんで(笑)盛り上がりまくるんだけど、でもこの物語の読みどころはソコではないのです。そこに至る日々。この日を迎えるために費やした時間。これが面白い。
で、それらは主人公たちパイロット部門の努力と根性の日々として描かれているのですが、繰り返すけどその向こうにそれ以外の大勢の若者たちの姿が見えるんですよ。主人公の何気ないモノローグやちょっとした会話の端々にさりげなく、でもしっかりと彼らの姿が見える。だから明確な主人公が存在していながらも青春群像劇になってる。それがすごい。そこに燃える。もうマックファイトのくだりとかダダ泣きですよ(笑)。ペラ夫さん最高すぎですよ(笑)。
中村航の真骨頂である繊細な心理描写は今回ちょっと控えめですが、でもそれはもう超ナイスキャラの「先輩」が偏に担ってくれてて、これ先輩目線で読んだらものすごい・・・可愛い物語になるだろうなーと(笑)。
さすがにもう私の人生に於いて何も考えずただ一つのこと(一つの目標)に向かって仲間たちと必死で汗をかき全力で涙を流せるような時間を持つことはできないでしょう。「何も考えず」ってのがまず無理だし、そもそも同じようにバカになれる「仲間」を見つける(作る)ことが難しいと思う。だからこういう物語を読むとちょっぴり切なくなったりもしちゃうんだけど、でもこの作品は切なさよりも面白さ、読んでいて純粋に楽しいと思える気持ちの方が勝ります。なんでかわかんないけど、自分の人生を振り返って落ち込みそうになることもなく彼らの放つ圧倒的なキラキラ感を素直に浴びることができました。面白かった!。やっぱり本っていいな。