内館 牧子『十二単衣を着た悪魔』

十二単衣を着た悪魔

十二単衣を着た悪魔

内館先生らしいタイトルにゾクゾクするよね!(笑)。
勉強もスポーツもルックスも超絶レベルで完璧、性格だって悪くない“上の上”である弟を持つ二流大学のカタカナ学部卒で就職試験59連敗の末フリーター(という名の日雇い派遣)にしかなれなかった“中の中”の兄が源氏物語の世界にタイムスリップしてしまい、高麗で修行を積んだ凄腕陰陽師と偽り出来すぎる女・弘徽殿女御と手を組んだ!!というトンデモ(ありがち)設定ですが、超面白かった!。
牧子(私は脚本家・内館牧子のファンなので愛を込めて「牧子」と呼んでます)の『小説』を読むのは初めてなのですが、文体というか表記の仕方とか文章のリズムとかそういうものはどちらかと言えば好みではないものの早い段階でそんなことはどうでもよくなるぐらいとにかく展開が面白い。この種の作品ではまず主人公がその時代の言葉や生活様式に順応するまでの紆余曲折を描くものだと思うのですが、この作品はそれらは必要最小限に留め、あとはもうひたすら主人公と、主人公を通して源氏物語の登場人物たちの内面が描かれる。なので単純に感情移入がしやすい。実は私は源氏物語をまともに読んだことがなく、あさきゆめみしをツマミ読みしたのと、天海祐希さんと生田斗真さんの各主演映画を見たぐらいかな?ってぐらいの知識しかないのですが、主人公もそんな私と同レベルの設定なので同じ目線で源氏物語の世界を“体験”できるんですよね。
主人公が“過去の時代”に飛んだ場合、現代の科学・化学・技術・知識によってタイムスリップ先で人々に影響を与えたり、その気はなくともそれらを求められ歴史に巻き込まれたり改変してしまいそうになったりするってのがテンプレだと思うのですが、この主人公は基本何の技術も能力も持っておらず、唯一の武器は「源氏物語あらすじ本」で、当然あらすじ本によって先の「展開」が分かるわけだから適時“占い”としてそれを小出しに告げることで凄腕陰陽師としての立場を保つわけですが、やってることと言えば云わばあらすじをなぞっているだけなのです。このセコさがとても・・・共感できる(笑)。
しかもこのダメ男は現代に戻っても“輪の外”としての人生が待ってるだけだと早々に割り切り、親や弟への想いを残しつつも源氏物語の世界に留まることを選ぶわけです。まさに現実逃避。誰からも必要とされず出来る弟にコンプレックスを抱えて生きるこれまでの人生とは違いこちらでは身分が超高い人々から求め請われるわけで、そりゃこっちの方が居心地いいに決まってるんだけど、でもそれは例えばJINの仁先生のように自分の「能力」故のことではなく“偶々持ってたあらすじ本(と薬)”によるところなわけで、そこいらへんもほんとダメ男。でも主人公はそのことをちゃんと自覚してて、でも自覚してるからと言って今の自分の立場は偶然とか偽りとかそういうもので創られているなどとグダグダ悩む方向へは向わず手持ちの札をいかに上手く長く使い続けるかを考える。そこいらへんの判断が出切るあたりは単なる馬鹿じゃないの。ウダウダした挙句結局流され受け入れるだけの馬鹿じゃないから面白く読める。
あらすじ本を読んでいる=神の視点で“展開”を見守る主人公ですが、主人公自身の物語もしっかりと描かれています。これが女に対しあってなきが如しストライクゾーンを誇る光源氏との対比として効いてるし、そういうの取っ払っても純粋にダメ男の成長物語としても楽しめる。当然元の世界に戻ることになるわけですが、感情移入しまくりまくってるからもうここいらへんのくだりは涙目でしか読めません!。
そしてなによりやっぱり『源氏物語』が面白いんだろうなー。前述の通り主人公はそこまでガッツリ歴史・・・この場合史実とは違うか、原作?に関与しないので原作通りに展開されるのですが、主人公抜きにしても(語り部である以上主人公を抜くことはありえないんだけど、主人公自身の物語を抜きにしても、という意味で)面白い。自分なりの源氏物語を持ってる、源氏物語(に登場する特定の人物)に思い入れがある人にとっては必ずしもそうではないとは思いますが、繰り返しますが源氏物語の知識はほぼない私なので原作にはあまり登場しないという“弘徽殿女御”と“一宮”に俄然魅力を覚えました。
一宮改め朱雀帝かっこよくねえ!?。基本光り輝く太陽のような人よりも翳のある月のような人(そしてドS)の方が好みであることを差し引いても一宮カッコイイだろこれ!。
そしてなんといっても弘徽殿女御→弘徽殿太后が超絶男前!!!!!この魅力には誰もがノックアウトされると思うのでもう読んでください!と言うしかないんだけど、それまでどう考えても下半身マジキチ男としか思えなかった光源氏太后様への気持ちを明かした瞬間光の君アンタ分かってんじゃん!!と握手の手を差し伸べたくなったぐらいまじまじ最高です!。
てか高校時代から「弘徽殿女御オタ」だという牧子こそさすがです(笑)。そういう牧子の描くものだから私は内館牧子のドラマが好きなのだ。
源氏物語をちゃんと読んでみようかなと今思っているのですが、誰の訳で読もうか迷うんだよなぁ。ていうか内館牧子訳で読みたいんだけど(笑)。