『JIN』第5話「消えた体の謎」

病床で舞台の幕開けの音を聞く吹越さん演じる吉十郎兄さんと、心配や悲しみや悔しを隠し、そんな兄さんの想いを背負って舞台に上がる女形田之助さんのアップってのは絵コンテレベルでってか、そういう「絵」が撮りたいって気持ちはわかると思うの。でもあの田之助さんのアップはやめてあげて・・・・・・(笑)。田之助さん自体は粋ですごく素敵なのよ?兄さんを仁先生に預け舞台に向かって歩いていく後ろ姿も色っぽかったし。でもこれ海外でも放送だか販売だかするんでしょう?・・・・・・・・・これが日本の「歌舞伎」だと思われたらごめん、ちょっと心外です(笑)。
これ原作は舞台に上がれて最終的には観客の拍手喝采を浴びたんですってね。座頭や田之助さんが言うように「客の前に出られる状態じゃない」ってのは尤もだと思ったし、「舞台は俺一人のものじゃない」と言った吉十郎自身の言葉にも頷けたし、あんな酷い状態で痛みに苦しみながらも吉十郎が舞台に上がることを切望した理由は歌舞伎役者として“舞台の上に立つ姿を息子に見せたい”ことだったわけで、結果的に“舞台”には上がれなかったけれどそこまでの心意気を含め息子の目に移る父親は紛れもなく“舞台に立ってた”んだろうなーってことで納得したんだけど、この鬼気迫る吹越さんの吉十郎が根性で演じきり舞台上でぶっ倒れるという原作通りの展開も見たかったなぁ・・・とも思ってしまった。
ていうかあのサポーター代・・・・・・やっぱ仁友堂の持ち出しなんだろうなぁ・・・^^。
で、今回佐分利先生が滅法カッコよかったんだけどあれ何!?。佐分利先生があまりにも熱いんだけどクールカッコよかったがために、田之助さんとの関係性よりも佐分利先生と吉十郎さんの"同志“的な関係性の方がグッときたんだけどこれでいいのか?w。
そしてねずみで実験すると聞いてしょんぼりしちゃう福田先生がほとんど二朗さんでしかなかったんだけど(笑)。


そんでもって仁先生はペニシリンやらコレラやら脚気の治療法やらをこの時代にもたらしておきながら今だに延命することで影響がどうとか悩んでんのかよ^^。まぁ初めて自分でその『影響』を体験してしまったわけだから自分がしてきたこと、してることの重みをこれまでとは比較にならないレベルで“実感”したからこそでしょうし、「延命」ということの意味、生きる上で「長さ」と「質」はどちらを大切にするか・・・という問題は時代関係なく医師としてぶつかる壁だと思うんで不要だとは思いませんが、やってることと思ってることのギャップが乖離しすぎててややイライラ^^。悩んでこそのドラマ版仁先生だとは思いますがいい加減そろそろこの時代における「自分」というものにある程度の答えを出してほしいなーと^^。医者としても男としても、咲ちゃんのあのいい意味でのドライさをちょっと見習ったらいいと思うよ^^。
つーか前回あれだけ衝撃的な引きで終えておいてアバンであっさり戻ってて力抜けたわ(笑)。