鏑木 蓮『東京ダモイ』

東京ダモイ

東京ダモイ

男は帰還(ダモイ)を果たし、全てを知った。自主出版専門の出版社である薫風堂出版に、76歳の男性から句集を出版したいという依頼が入った。営業社員の槙野が担当となったその原稿には60年前のシベリア捕虜収容所での暗く厳しい日々が綴られていた。仕事に違和感を感じ続けていた槙野は、その原稿に惹かれ原稿を書いた高津に興味を抱くようになるが、時を同じくして舞鶴港でロシア人女性の他殺体が発見され、その女性の知り合いであった高津も行方不明となる。事件の鍵を握るのは高津が書いた句集であり、その中に書かれていた中尉斬首殺人事件。槙野は上司の朝倉晶子とともに句集を読み解くために奮闘し、事件の担当刑事である志方と大月もまた句集から事件を追う。


第52回江戸川乱歩賞受賞作。現在に起きた殺人事件と並行して60年前のシベリア収容所で起きた殺人事件をも紐解こうとする物語なのですが、この手の物語は時間軸がごちゃごちゃしがちなのに、これはすごくスッキリしていて分かり易かった。それに加えて高津が書いた句集という形で描かれる60年前の暮らしが淡々と描かれているのに圧倒的な力があって、引き込まれました。気温が低すぎて鼻が凍ってしまい、熱にあたった途端に鼻がもげたとか想像してみようとしても想像できない。それがさほど珍しいことでもないと言わんばかりの冷静な書きっぷりが恐ろしい。
何十年も前の事件が現在の事件の引き金となっているというのはよくありますが、それを解く鍵となるのが俳句だというところが面白い。そっち方面に疎い私としては、俳句を読み解くというだけでなんだか高尚なものを読んでいる気分でした。ただ、俳号を推理するキッカケがやや強引なのと、それを断定するだけの説得力に欠けるかなという気がしました。まぁこれも私が無知なだけかもしれませんが。
綾辻氏と真保氏が選評で書いているように、現代の事件の展開にはさほど魅力がなかったというか、出版社サイドはいいとして刑事サイドに動きが乏しく、句集を読み解くという同じような作業をしてるので、テンポが悪いかなという気がした。せっかく二つの軸があるのだから、事件に対して協力しつつも別のアプローチを取ってくれたほうがもっとドラマティックだったかな、と思った。