伊坂 幸太郎『魔王』

魔王

魔王

停滞する日本に1人の政治家が現れた。彼の存在は力強く魅力的で、若者達をも取り込んでいく。そんな状況に不安を覚える兄、そんな兄を案ずる弟。やがて二人はそれぞれのやり方で、社会を変えようとする。

刊行を楽しみにしてる作家の1人なのですが、ちょっと今回の装丁は酷いな。ウッキウキで本屋さんに行って、これを見た瞬間の落胆といったらもう、初デートに現れた憧れの男の子のズボンの裾から靴下、それも白のハイソックスが見えてたぐらいのガックリ具合ですよ。もはや伊坂幸太郎という作家は装丁ごときに左右されない存在なんだろうけど、本は読むだけはでなく眺めたくなるものでもあってほしい私としては、少しマイナス。
肝心の内容は、伊坂らしくないというか、伏線とか全くないもんで全てが結びつく爽快感は味わえないし、これまで私が感じていた魅力みたいなものは、はっきり言って、ない。でもだからと言って面白くないというわけではないのです。テーマがテーマだし風刺的なエッセンスもあったりするもんで、頭でっかちだなぁ・・・という印象ですが、次へ向けての実験作という位置づけだとすれば全然アリだと思った。これまではどこか、雰囲気で読まされてるようなところがあったんだけど、これは明確な意思が伝わってくるような、骨太とまではいかないけれど確実に骨格が分かる作品です。ちょっとホッコリしてちょっと二ヤっとなって、そしてちょっとチクっと刺されたような、言わば感覚として残るものだったこれまでの読後感とは違い、これは考えた。社会のあり方とか日本の未来についてとか、そんなのでかすぎてよく分かんないとか言ってる場合じゃないんだよな。するつもり、変えるつもりになって考えなくちゃ駄目だよな。この手の話題を親としかしたことがない(する相手がいない)私は、生き方間違えたかな?なんて考えた。伊坂を読んでこんなことを考えるなんて、嬉しいような寂しいような・・・。ここまでは「魔王」の感想。
この本にはその続きとして「呼吸」も収録されています。こっちはみんなが知ってる伊坂。読み終わった直後は「呼吸」は蛇足だなと思ったのですが、でもどこかホッとしてる自分がいて、「呼吸」があるからこそ「魔王」を好意的に受け止められた気がします。
文中に登場する“せせらぎ”ですが、我が家では“ジェット”と呼んでます。伊坂のこういうところが好きです。これから伊坂がどこへ向かおうとも、こういう部分はなくさないで欲しい。あとファンには嬉しい毎回のリンクですが、今回のはちょっとあからさますぎやしませんか?