黒武 洋『パンドラの火花』

パンドラの火花

パンドラの火花


現代は2040年。既に死刑制度は廃止されているものの、廃止以前に死刑の判決が言い渡されている囚人達の存在があり、その存在はもてあまされている。刑務所や拘置所が囚人で溢れかえる状況で、政府は死刑確定囚を減じる方法を模索した。そして考えだされた方法とは「心から自らの犯罪を悔やみ収監中の態度もよく、各種の条件をクリアした模範死刑囚を選び、開発に成功した時空移動システム=タイム・マシンに乗せ殺人を犯す前の自分と対面し、72時間以内で犯行を思いとどまるように説得させる。成功すれば釈放、失敗すれば死あるのみ」というものだった。そして16歳で家族全員を殺戮した現在51歳の死刑囚に説得のチャンスが与えられた。時空を超え、過去の自分を説得できるのか。


相変わらず設定だけは突っ走ってます。今回は構成もちょっとひねってあります。読み始めの予想と異なる展開なので、進む方向が見えなくていい意味で裏切られました。
タイムトラベル物でよく語られるのが、同じ瞬間に同一の人間が二人存在することによって起こる歴史の歪みとか変化の問題などがあると思うのですが、これは最初からそれを容認というか前提にしてしまってることがすごいなと。起こるはずの殺人が起こらないってことは、被害者の生活もそのまま続くわけで、ということは、例えば現代ではA男さんとB子さんが結婚していて、子供もいるわけなんだけど、殺人を思いとどまった場合、殺されるはずだった被害者のC子さんとA男さんが結婚することになったりして、そうなると現代では生まれている子供の存在はどうなっちゃうんだ!?ってことになると思うんだけど、そういうことは文中では触れない。どうやら殺人が起こらなかった場合、最初から別の時間が過ぎていることになり問題はない・・・らしい。タイムスリップした「囚人」の中の時間のみがこれまで通りで、刑務所の外では殺人を犯さなかった場合の「囚人」が殺人を犯さなかったバージョンの人生を送っていて、説得が成功したと判断された瞬間(かどうかは不明だけど)にその存在は消えうせ、釈放された「囚人」が何事もなかったかのように入れ替わると。ただし、「囚人」の記憶は収監されていたまんまだと。んー、そういうのってアリなのか?タイムパラドックス苦手。ま、この話ではあんまりそこらへんはでてこないんですけど。SFの設定を借りた人間ドラマみたいなもんですから。
殺した人間の数ならちょっと自慢できそうな凶悪犯の物語ですが、血みどろ感はゼロ。存在感のある登場人物がいるわけでもなく、現代の自分と過去の自分の対話が主なもんで、盛り上がりにも欠けます。ただ、この著者の過去の作品についての言及があるので、もしかするとこれは壮大な物語の一部なのかもしれません。あんまり期待はできないけど。
これまで読んだ2冊もそうなんだけど、設定や構成は面白いと思うだけに、もうちょっと魅力的な人物出してくれないかなぁ・・・。